青い瞳のレクイエム#03.1『喪服なスーツの迷い人(1)』
ARIAの二次創作小説(続き物)です。
主人公はオリジナルキャラクターですので、その点をご留意くださいませ。
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ガラ~ン…ゴロ~ン…
サン・マルコ広場の時計塔――
哀愁さえ感じさせるその鐘音の主は、ネオ・ヴェネツィアの誕生以来、まるでこの街の鼓動のように鳴り響き、時を刻み続けていた。
それはネオ・ヴェネツィアの人々には当たり前の情景であり、そしてこのネオ・ヴェネツィアを楽しむ旅行者達には、心の奥にまで染み入るその音色は、この街を訪れた確かな証として思い出と共に記憶へと刻み込まれたに違いない。そんな物静かな鐘の音は、家々が寄り添いあうように建ち並ぶこの街の、その家々の間を縫うように走るたくさんの小道や細い水路を駆け抜けて、ネオ・ヴェネツィア中に優しく時を知らせるのである。
この街では、時計を身に着ける必要などないとさえ思えてくる。
穏やかなその日に身を任せ、緩やかに流れる時間に逆らいさえしなければ、その耳には自然と時の流れを知らせる鐘の音が届き、その穏やかな一日は緩やかに流れる時間と共に新たな明日へと続いていくのだから。
そして、そんなネオ・ヴェネツィアの時間そのものといえるサン・マルコ広場の時計塔が、街に午後四時を知らせる役目をそっと果たした夕方近い昼下がりのこと――
いつものように静かな音色の響き渡る小さな路地のその一本に、穏やかで緩やかなこの街の情景にはそぐわない雰囲気を漂わせた、時を告げる音に背中を押されるようにしてそわそわと歩く若い男女二人の姿があった。
「あぁ……、迷路みたいで道に迷いそうだ……」
先を歩いていた青年男子がため息まじりにひとりごち、重そうな旅行バッグを持ち替えつつ足を止めた。
もと来た方を振り返って、また向き直り、そしてゆっくりと天を仰ぐ。とはいっても、彼の目に映った空といえば、せいぜい細い路地の両脇に建ち並ぶ民家の透き間からのぞく、ほんの少しの一片だけだろう。
そして青年が足を止めれば、三歩ほど後ろを歩いていた少女が彼に二歩ほど遅れて立ち止まる。うつむき加減で歩いていたからか、急に立ち止まった青年にぶつかりそうになって、驚いたように顔を上げた。
目の前で空を見上げている青年の隣へと歩き、彼女も釣られるようにして空を見上げる。もちろん、その視線の先にあるのは、まるで壁のように建つ民家の屋根が切り取った、今いる路地のように細い空だった。
「……ほんと、すごく懐かしい街並みです」
そんな民家の影の中、いつも以上に明るく見える小さい空を見上げたまま、少女が懐かしそうにつぶやいた。
彼女は顔を下ろし、一度振り返った青年と同じようにもと来た道を振り返った。その先には、緩やかに曲がる石畳の道が建物の陰に見えなくなるまで続いていて、その石畳はこれから歩いていく先にもずっと続いている。
時折、近くの窓から誰かの楽しそうな話し声がもれてきて、両脇にそびえる壁がただの壁でないことを二人に思い出させた。
「トレニアが昔住んでた所って、こんな感じの街並みだったの?」
トレニアと呼ばれた少女は一つうなずいて、片手に持っていた旅行バッグを地面に置くと、重みで赤らんだ手をプラプラ振ってストレッチを始める。
「だいぶ小さい頃のことなのでうろ覚えですが、道が入り組んで迷いやすかったのははっきり覚えてます。それでも、この街ほどではなかったかもしれません」
そう言うと、少女は振っていた手を腰に当て、自分より半頭身ほど背の高い連れの青年を半ば不機嫌そうに見上げる。
責めるような目で見つめられた青年は、その少女が不機嫌な理由に心当たりでもあるのか、少し身を引いてばつが悪そうに「あはは」と頬を掻き始めた。そんな彼を逃すまいと、少女も追及するように一歩踏み込んで、
「穏さん、ただでさえこんなに道が入り組んでるんですよ? それなのに、行ったこともない目的地に、地図もなし、まして人に道も尋ねないで自力でたどり着けるわけがないんです!」
そこまでまくし立てると、彼女は何かを思うように目をつぶり、そして鼻から大きく息を吸い込んだ…!
「『道に迷いそう』じゃなくて、もう道に迷ってるんですっ!!」
かっと目を見開いた少女の火をはくような怒声に、民家から聞こえていた楽しそうな話し声がふっとやむ。
穏と呼ばれ怒鳴られた青年は、両手を胸の前で広げて「そう怒るなよ」となだめようとするが、トレニアという少女の機嫌はすぐには収まらなさそうである。
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