青い瞳のレクイエム#03.3『喪服なスーツの迷い人(3)』
ARIAの二次創作小説(続き物)です。
主人公はオリジナルキャラクターですので、その点をご留意くださいませ。
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再び目をつぶって、胸の内の不満でもはき出すように鼻から「ふぅー」と息をはき出したトレニアが、肩を覆う生地にまとわりついた金髪をうっとうしそうに両手で払いのけた。
ツーテールにまとめられた長い髪は、とても細く柔らかいのだろう。いや、そういう留め方なのか。髪留めゴムからすとんと流れ落ちれば、男モノのようなスーツの黒い生地に、建物の透き間から差し込む日の光を浴びてキラキラきらめく金色の筋を幾本も作っていた。
「……すみません。声を荒げてしまって」
意外にも、彼女の怒りは先ほどの一言でだいぶ収まったようだ。結構あっさりとした性格なのか、それとも今回がたまたま我慢の限度を超えてしまっただけなのか。表情はまだ不機嫌そうではあるものの、もうだいぶ落ち着いたように見える。
そして、彼女が一歩踏み込んでいた足をすっと引けば、詰め寄られていた穏もほっとしたように表情を緩ませた。
「……いや、俺もちょっとムキになってたかも。ほら、俺だってそんなに方向音痴ってわけじゃないしさ。あんな『キーワード』を出されたからには自力でたどり着かなきゃ! って」
「方向音痴じゃないのは知ってます。でも、依頼に書いてあった店って、今までに一度も行ったことがない所じゃないですか。そんな所にですよ、地図も見ないで住所とかあんな適当なキーワード頼りにたどり着けるというのと、穏さんが方向音痴かどうかはあまり関係ないんじゃないですか?」
と、諭すような口調のトレニア。
「あはは。まあ、そうかも…」
「『あはは』じゃないですよ…。幸い、だいぶ余裕を持って出ましたから、まだ約束の時間には大丈夫と思いますけど。……でも!」
穏やかだった彼女の眉間にまたしわが寄る。
「鐘の音を聞く限り、歩き出してもう二時間は経ってます。正直言って私は疲れました」
「だからごめんって。疲れてるならトレニアの荷物、持ってあげるよ」
「いいです! それじゃ私が『荷物が重い』ってダダをこねてるみたいじゃないですか!」
「あぁ、ごめんごめん。だからもう怒らないでよ……」
穏は、トレニアの機嫌を少しでも良くしようと話をしたつもりだったが、どうにもうまくいかない。むしろ直りかけていた彼女の機嫌を余計に損ねてしまったようで、プイッとそっぽを向いたトレニアに苦笑いしつつ、穏は困ったように人差し指で頬を掻くのだった。
話はこれまで、そう言わんばかりに足元の荷物を勢いよく持ち上げた連れの少女に気おされるようにして、穏は先へと歩き出した。
当然のことだが、たどり着くべき目的地があってのこの遠足である。それは間違いないのだが…
穏は片手を胸元に突っ込んで、難しい顔で何かを引っ張り出した。
彼が取り出したのは小さな洋式封筒だ。
その封筒には、投函されたものなら普通は書いてあるだろう宛名や差出人のことなど何も書かれていない。しかし、何も書かれていない純白の状態だからこそ目立つ特徴が一つ。
(ったく…、「私は猫です」とでも言いたいのか?)
彼が見つめる封筒の端には、猫の足型のような印が、まるで落款(らっかん)のようにペタリと押されているのである。
こんな謎の封筒が教会の正面玄関前に置かれていたのがまさに今日の朝のこと。それを見つけた孤児院の子供が「猫さんからのお手紙だ!」と大はしゃぎしながらシスターのところに持っていったのだろう。多少の訝しさを感じながらもシスターが開けてみれば、中の便箋には「にゃーにゃー」などと猫語が書かれているわけもなく、『恐怖に夜も眠れない少女がいる』との旨が猫の字などと連想もできない達筆で端的に書かれており、その『少女』がいるだろう場所の名前に住所、電話番号、加えてご丁寧に、
――少女と共に影を追え――
と、まるで宝の隠し場所を示す暗号のような言葉が添えられてあったのである。
そして今、二人の歩む先は、こんな謎かけのような言葉に案内されているのだった。
確かに、穏自身は方向音痴ではない。しかし、まさにトレニアの言うとおりで、これまで行ったこともない場所に、地図も見ず、だからといって名前や住所から人に尋ねることもせず、十字にも満たない抽象的なキーワードだけを頼りに自力でたどり着こうというのが、どだい無理な話なのである。
穏はふと思う。
(そもそも、目的地にたどり着けないのもトレニアが不機嫌になるのも、地図すら入れてないこの差出人がいけないんじゃないか!)
そう思って振り向いた彼の目に、従順に三歩後ろをついてくるトレニアの、しかし「…なんですか!?」と言わんばかりの仏頂面が飛び込んできて、彼は何か別の考えが浮かんだようにふっと口をつぐんだ。
たとえその愚痴を言ったとしても、トレニアの性格的に返ってくる言葉がはっきりと想像ができてしまったのだ。十中八九「なんで今朝電話したときに場所の詳細を聞かなかったんですか!」とか「慣れない街なんだから誰かに道を聞こうって私が最初に言ったじゃないですか!」とか…、こんな感じでさらにご不興を買うのは火を見るよりも明らかで、しかも、彼自身も内心ではそう思ったりしていたものだから、穏は彼女に気づかれないように苦笑いするだけにし、道に迷いトレニアに怒られるこの現状を少しだけ誰かのせいにしたかった思いはのどの奥へとのみ込んで、そっと封筒を胸の内ポケットにしまうのだった。
不機嫌な少女に「なんでもない」と笑って歩く先へと向き直り、穏は足を踏み出しながら一人考える。
(まあ、キーワードの『少女』がトレニアじゃないことくらい薄々気づいてたさ…。ああ…、舟の通りそうな水路に出て、乗ってる人に道を聞こう。もしかしたら乗っけてもらえるかもしれないし)
そう考えれば、今までに渡った水路の数や、その水路で何艘の舟を尻目にして今ここにいるのかという、これまでの残念なプロセスも思い浮かんでくる。そして考えはさらに巡り、キーワードの『少女』を『トレニア』と、『影を追え』は『自分達の影を追って歩け』などと勝手に思い込んで、少なくとも彼としては目的地に着けるよう頑張っていたはずのこの二~三時間すら恐ろしく無駄だったように感じられてきてしまい、突如、荷物を持つ手や踏み出す足に異様な重さを感じてきて、疲れきったように大きなため息をもらすのだった。
そして、そんな言葉どおりに疲れきった顔の二人には、まさにこれから暗号のような『キーワード』どおりに目的地へと導かれることになるなど、思いつく余地すらなかったに違いない。
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