青い瞳のレクイエム#03.4『小道と水路の交わるところで』
ARIAの二次創作小説(続き物)です。
主人公はオリジナルキャラクターですので、その点をご留意くださいませ。
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再び歩き始めて間もなく、薄暗い路地が明るく開けて、細身のゴンドラでもすれ違うのが大変そうな細い水路に突き当たった。その水路にかかる小さなアーチ橋に上がれば、大きく傾き始めた陽光が二人を照らし出し、二つの影が長く伸びて凪いだ水面に静かに映し出された。
ふと見上げれば、空は雲一つない快晴である。
ずっと建物に挟まれた小道を歩いていたからか、西へと大きく傾き始めた太陽もまだかなりまぶしく感じられて、穏は片手でひさしを作り、トレニアは目を細めながら思わず顔を背ける。
目がその輝きに慣れてくると、トレニアは橋の真ん中辺りで手荷物をどかりと下ろし、頬杖をつくように身体を欄干に寄りかけた。そして、疲れたと言わんばかりに「ふぅ」と大きく息をはく。そんな彼女に穏も歩み寄り、片手の荷物を彼女の荷物のそばに置いて、腰掛けるように欄干に体重を預けた。
荷物の重力から解放されて、ひんやりとした石造りの欄干が火照った身体に心地よい。風にも少し冷涼感が出始めたものの、重い荷物を持って歩き詰めだったのだ。それでも流れる汗はなかなかひこうとしなかった。
穏は首もとのボタンをはずし、人指し指でネクタイを緩める。
そして、視線を上げれば、ロープが水路を挟む民家同士で渡されて、それに干された洗濯物が風にはためき、都会でありながら田舎の懐かしさを感じさせる情緒深い風景を作り出していた。
「にしたって、あんな宝探しみたいなキーワードはないよなぁ……。おもしろいキーワードを考えるくらいなら、地図の一つくらいつけてくれればよかったのに」
ゆらゆら揺れる洗濯物をぼーっと眺めながら、穏がため息混じりにひとりごちる。
その思わず口をついて出た言葉は、ついさっき彼がトレニアのご不興を恐れてのみ込んだはずの愚痴だった。もちろん、彼もすぐに気がついて「しまった」と思うが、
「そう思われるのなら、最初から人に道を聞いていればよかったんですよ。そうしていたら、きっと今ごろは着いていたんじゃないですか?」
予想外に彼女の反応は穏やかだ。
ちょっとだけツンとした語調は相変わらずだが、橋の欄干にもたれかかり、髪を揺らすそよ風を感じるように目をつぶる横顔からは、今までの不機嫌さなど微塵も感じられない。
そんなトレニアの様子に、穏の肩から、ふっと、見えない荷が下りたように力が抜けたようだ。もちろん、彼がトレニアのことを荷物のように思っているわけではないのだが、いくら付き合いが長いとはいえ、一緒に行動しているのにしょっちゅう不機嫌になられては困るというのが正直なところだろう。
ふと、トレニアの荷物が目に入った穏が、雑談でも思いついたように口を開いた。
「そういえば、トレニアは着替えとかお泊まりセット以外に何か持ってきた? 遊び道具とか」
トレニアは少しだけまぶたを上げて自分の荷物に目をやり、また静かに目を閉じる。そして、少しの間をおいて、
「……みんなで遊べるカードゲームと、あとは前に撮った写真を何枚か。行った先で話題にもできますし」
返答に間があるのはよくあることなのか、穏は気にする様子もなく、空の洗濯物を眺めながら隣からの答えをゆっくりと待つ。
「そっか。写真はどんなのを持ってきたの?」
「……教会で撮った写真とか、あとは」
「あとは?」
「……それはいずれ分かりますよ」
「おいおい、秘密かよ。変な写真とか持ってきてないだろうな?」
「……何かそんな写真に心当たりがあるんですか?」
「んー…、って俺に考えさせるなよ。聞いたのは俺なのに」
「……大丈夫ですよ。少なくとも私が変と思っている写真なら、そんなものは持ってきていませんから」
「さいですか……。まあお前はそこら辺の分別あるし、そんなに心配はしないけどな」
「……そうですか」
そう言ったトレニアの口元が少し笑ったような気がしたのは、きっと穏の気のせいか見間違いに違いない。
トレニアとそんな他愛もない会話の花を咲かせた穏が、視線を彼女から水路へと移せば、ちょうど建物の陰からゴンドラがやってくるのが見え始めたところである。
「おっ、トレニア、ゴンドラが来るよ!」
穏がそう言って身体を起こすと、話の間中ずっと目をつぶっていたトレニアも彼の方へと振り向いて、待ちわびたように向かいの欄干まで歩き、大きく身を乗り出すのだった。
水路は斜めからの日の光でキラキラときらめき、天の川のような水面を滑るようにして、一艘のゴンドラが二人のいる方へと近づいてくる。
そのゴンドラは、穏達がこの数時間に見たどの舟よりもゆっくりと進んでいるようだ。水を切った舳先が作る逆Vの字の波はとても小さく、留められた舟のそばを横切っても、後ろに流れるその舟はただ風に揺れるだけである。それくらいにやってくる舟は穏やかに進み、そして着実に二人のいる橋へと近づいてくるのだった。
そんな、水路の緩やかな流れに身をゆだねるように進むゴンドラを漕いでいるのは、歳はトレニアとそう変わらないくらいの女の子のようである。セーラー服のような白い服に身を包み、両サイドの髪の一部をまとめて左右に垂らした髪型が特徴的なその少女は、まるでそのゆったりとした時間を楽しむように、水路沿いの景色に目をやっては表情をくるくる変えて、次の景色へ向かうように再びオールに力を込めるのである。
そして当然、向かう先の橋の上から自分を見下ろしている二人組にも気がついたようで、
「こんにちはぁ!」
天真爛漫をそのままかたちにしたような明るい笑顔から、これまた突き抜けるような明るい声がもれ出てきて、疲れ気味だった穏とトレニアにもすっかり笑顔のおすそ分けである。
「こんにちは! すみません、ちょっと道に迷っちゃって」
「あっ、もしかして観光の方ですか? ネオ・ヴェネツィアの道はすごく複雑で、ここに住んでる私でも迷っちゃうときがあるんですよ~」
トレニアが「ほら、やっぱり」そんな感じで目を伏せて、穏は「やれやれ」そんな感じで苦笑いをもらした。
「えっと、俺達はちょっとここの人に用事があってね。でもまあ時間の余裕もあるし、見物がてらと思って歩いてたら、今どこにいるかも分からなくなっちゃったんだ」
もちろん『見物がてら』など、穏が思いついた適当な嘘である。が、ゴンドラの少女がそこに気づく様子もないし、たとえ気づいても、彼の隣で表情一つ変えないトレニアのようにあえて『そういうことにしておく』のが思いやりというものだろう。そして、この少女からもご多分にもれず、
「ほへー、そうなんですかぁ。それじゃあ、私で分かる所でしたらご案内しますよ?」
と、にこやかな返事が返ってきて、穏は「やった」とばかりに小さくこぶしを握りしめた。
「それは助かる! 『ARIAカンパニー』というお店に行きたいんだけど、知らないかな?」
それを聞いて、ゴンドラ漕ぎの少女も、表情をぱぁっと明るくするのだった。
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