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青い瞳のレクイエム#04.6『その 夜の不思議な出来事は…(3)』

ARIAの二次創作小説(続き物)です。
主人公はオリジナルキャラクターですので、その点をご留意くださいませ。

――*――――*――――*――――*――――*――――*――――*――

「穏さん、トレニアさん……私の見た影って、気のせいだったんでしょうか……?」
 そう問う灯里の目は真剣そのものだ。そんな目でひしと見つめられてしまった穏は、思わず「うーーーん」と唸りつつ、言葉を探すように目を泳がせていた。


 彼女の話を聞いて分かったことといえば、残念ながら数少ない。
 ARIAカンパニーに勤めるこの水無灯里という少女は、一週間ほど前の深夜に、自分に視線を送る人影のような存在を見た、もしくは感じた。その存在は、どういう訳か彼女一人のとき――アリア社長を加えれば二人のとき――に現れる。そのくせ、警察が来たとたん、ぱったりと現れなくなった。
 これだけでは、あくまで彼女の話の要約に過ぎないのだが――

(でも、はっきり分かったことが一つあるよな)

 と、彼が考えたのは、警察という、人間相手の調査ではプロフェッショナルな第三者が立ち入っているということである。
(警察が来て、中とか外とか調べて、それで『灯里さんの勘違い』って言ったんなら、“普通のこと”が原因じゃなさそうだなぁ)
 もちろん、テレビのサスペンスものを見ていれば、『調べてくれた刑事が犯人だった』なんて展開もないことはないし、それこそ顔見知りの犯行で、実は『すべてはアリシアという灯里の先輩が謀ったことだった』なんて大どんでん返しも考えられなくもない。しかし、そんな展開はあくまでフィクション作品の中だけの話であって、現実にそうそう起こりうるものではない。もしも本当に『すべてはアリシア先輩の謀ったことだったんですね!』なんて展開になれば、それこそ…

(一緒に仕掛ける俺達にまで内緒ってどんなドッキリだよ)

 思わず人差し指が頬に伸びた。
 そんな考えが頭の中で巡って、現段階でのエクソシスト・水谷原穏の考えは『どうやら人間様の悪戯ではないっぽい』というところにおさまったようだ。
 はっきりしているようであいまいな結論ではあるが、彼のもとに寄せられる不思議現象の相談ごとは、これまでも、当事者の話を聞いただけでは原因のはっきりしないものがざらであった。それに、話を聞くだけで原因がはっきりするのなら、それこそ、“不思議”な出来事であるはずがない。もちろん、話を聞くのも大切なことだ。事の詳細を聞く――それは、灯里の先輩が呼んだ警察も行う『調査』の基本であり、そして何より、不思議な出来事に遭遇した当事者にとってみれば、そのときのことを誰かに話すということは、たったそれだけで少しばかりの安心を得ることもできるかもしれない、些細でも重要なことなのである。

 不安げなまなざしで彼の言葉を待つ灯里に、穏が考えをまとめたように「うん」と一声上げて向き合った。
「まあ、灯里さんの気のせいだったのなら、ここ何日かは深夜にお客さんが来てないようだから、このまま普通の生活に戻れると思うし、万が一に気のせいじゃなかったとしても、今度は俺達もいるからさ。安心してよ」
 彼のかけた言葉は、お世辞にも、そう頼もしく感じられるものではなかった。しかし、のどをゴクリといわせて聞いていた灯里の緊張をほぐすには十分だったようで、彼女のこわ張った表情筋や肩からは、ほっとしたように力が抜けていったのだった。

 思い返せば、穏がこれまでに体験してきた依頼は、その原因のほとんどが当事者の勘違いや、怖いと思えば木の節目すら人の顔に見えてくるという、いわゆる『負のプラシーボ効果』に由来するものだった。だから、たった今話に聞いた灯里の体験も、まさに、一番最初に『人影が見ている』と『思い込んだ』ことが負のプラシーボ効果になった彼女の思い過ごしと言えなくもなかった。
 しかし、たとえそうであっても、彼が「思い過ごしだ」などと断言することはない。
 灯里の話を聞けば、最初からすべて過敏な彼女の気のせいで、警察という公的機関の介入で安心したから、それ以後は何事も起きなくなった――そう考えられなくもない。しかし、たとえ実際にそうだったとしても、そのようにあしらうことは、彼の本意ではないのである。
 目の前の相談者は、怖くて思い出したくないこともしっかりと思い返して、そして真剣に相談してくれた。そんな風に本気で自分を頼ってくれている相手に、それがたとえ思い過ごしのことに思えても、無下に「気のせいだ」なんてどうして言えようか。相談者の体験が不可思議な原因からくるものだろうが、ただの気のせいだろうが、それは紛れもなく相談者自身に起きた恐ろしい出来事であり、心を不安に包む『怖い』というその感情は、根本の原因がはっきりして解消されるまで、相談者の片隅に消えることなく存在し続けるのだから……
 だからこそ、事の原因がどんなものであっても、相談者が自分の身に起きた事など忘れて普通の生活に戻るまでサポートするということこそが、彼が“エクソシスト”を務める上で一番の信条としていることなのであった。原因がただの気のせいなら、それが一番であるし、もしも気のせいではないことが原因なのなら……そのときは自分達がしっかりと役目を果たせばいいのである。
 ……とは言ってみても、穏はその道のプロというわけではない。神学校に通ったこともなければ、正式なエクソシストとして修練を積んだわけでもなかった。そしてなにより――

 相談者は、結構可愛い女の子である。

 ふと思えば『俺達がいるから安心してよ』などと、彼的にはちょっとかっこよく感じるセリフを言ってしまっていて、
「……エクソシストなんていっても、俺は灯里さんと歳もそう変わらないみたいだし、ちょっと頼りないかもしれないけど、ね」
 そう付け加えて、ごまかすように頬を掻くご謙遜のエクソシストに、
「そんなことないです! 穏さんとトレニアさんが来てくださって、すごく心強いです!」
 灯里は慌ててブンブンと首を横に振る。
 心強いと言ってもらえて、穏は嬉しいやら照れるやらで恥ずかしそうにニヤニヤしているのだが、そのそばでトレニアはなにやら不機嫌そうだ。灯里に抱かれているアリア社長を撫でながら、
「『俺』なんかよりも、アリア社長の方がもっと頼りになりますよねー♪」
 どうやら彼女は、いつしか穏のセリフの中の『俺達』が『俺』になっていて、自分が蚊帳の外のような扱いをされたことにいたくご立腹のようだ。
 慌てた彼が「そんな風に言ったっけ!? 言ってないだろ」と繕おうとするが、トレニアは満面の笑顔でアリア社長を撫でたまま、彼のことなど見ようともしない。
 そんな風に兄妹喧嘩のようなやり取りを始めた二人を見て、灯里はおかしくておかしくてたまらなくなって、思わず「ふふふ♪」と笑みをこぼした。
「なーにーがーおかしいの? 灯里さん?」
「はひ!? はわわわわ……えっと、おかしいとかじゃなくて」
「じゃあ、何?」
 トレニアに問い詰められて、困ったように苦笑いの灯里が思い切って口を開く。
「今朝、アリシアさんに『エクソシストさんを呼んだ』って聞かされたときは、本当にすごく怖かったんです。エクソシストさんっていったら悪魔とかそういったのと戦う人と思ってたから、どんな人が来るのかと思うと怖くって、だからお昼は友達と一緒にいたかったけど、でも、今日に限って二人とも都合が悪くって……」
「灯里さん……」
 笑顔だがうつむき加減でしんみりとした灯里に、トレニアの声のトーンも自然と落ちた。
「今日は朝からずっと一人だったし、アリシアさんも私のことを考えてエクソシストさんを呼んでくださったんだから、自分も元気を出さなきゃって笑顔を作ってみたけど、それもなかなか作り笑いにしかできなくて。でも……」
 灯里が、まるで夜明けを告げる太陽のように、すっと、顔を上げた。
「こんなに入り組んだ、迷路みたいな街で出くわしたエクソシストさんは、私が勝手に思い込んでいたような怖い人じゃなくて、こんなにステキな穏さんとトレニアさんだったんです! ほんの少しだけARIAカンパニーに帰りたくなくて、それで遠回りに選んでいたはずの水路なのに、アリシアさんが呼んでくれた穏さん達にこうして出会えた……そして、そんな風にして出会った、怖かったはずのエクソシストさんは、とっても優しくて、あったかくて……なんてステキな摩訶不思議……私は避けていたはずなのに、今日のこの出会いはまるで――奇跡――みたいで……」



 何時だろうか、時計塔の静かな鐘の音が、三人と一匹の間を通り過ぎていった。



「あの……」
「はひ!」
 いろいろと言いたいことがあったような顔のトレニアたが、本当に幸せそうな笑顔を向けてくる灯里に、突っ込みたかったことももうどうでもよくなったらしい。満面の笑みを浮かべる灯里に、トレニアも「ふふっ」と笑って、
「まあ、灯里さんが悪霊か何か得体の知れないものに取り憑かれてるのなら、穏さんと私の全力をもってお祓いしてあげるから、安心していいわよ」
 と、ボクサーの真似でもするようにパンチを繰り出してみせた。
「ええぇぇぇ!?」
 大口を開けて後ずさる灯里。
「おいおい、灯里さんを怖がらせるなって」
「あはは」
 顔を見合わせて笑うエクソシスト達に、
「もーー、トレニアさん、脅かさないでくださいよぅ」
 灯里もほっとしたように笑みをこぼした。
「あはは、ごめんごめん! 大丈夫よ、あーんな恥ずかしいセリフを言えるのなら、絶対悪霊なんて憑いてないから! それくらい私でも分かるもん。ねえ、穏さん?」
「ん? ああ、そうだね」
 そう相づちを打った穏だが、その顔はどうにも険しい。
 そんな表情の彼に不安を感じたのか、灯里が恐る恐る彼の顔をのぞき込む。
「穏さん、まさか…」
 トーンを落としたトレニアの声も、灯里の不安に拍車をかけた。
「俺、思ったんだけどね」
 灯里がゴクリとのどを鳴らし、穏が真剣なまなざしで口を開いた。


「背中がむず痒くなるようなセリフをさらりと言ってしまえるなんて、ある意味そういう何かに取り憑かれてたりするのかもよ?」


「ぷっ…あはははは!!」
 トレニアが盛大に噴き出した!
「ええぇぇぇええ!!?」
「うそうそ、冗談だって!」
 またも口を大に驚く灯里に、穏は慌てて両手を振る。
「はひー…人が悪いですってばぁ…」
「ごめんごめん、からかったりして。でも…」
 お腹を抱えてしゃがみ込んでいるトレニアの横で、穏が灯里にはにかみつつ頬を掻いた。
「俺らのことを『ステキなエクソシスト』みたく言ってくれたときは、ほんとに背中がむず痒かったよ。それくらいに嬉しかった、かな」
 うつむき加減だった灯里も顔を上げ、きれいな瞳を彼の目と合わせた。
「だからってわけじゃないけど……灯里さんのもとで起こった不思議な出来事は、俺とトレニアがきっと解決するし、灯里さんとアリシアさん、それにアリア社長も、三人が今までと同じかそれ以上に楽しく過ごせるように、しっかり頑張るよ。だから、灯里さんも俺らのこと、できれば信頼してくれると嬉しい、かな」
 灯里の顔がぱぁっと嬉しさに染まる。
「はひっ! もちろんです♪」
 そんな彼女の笑顔が穏にも伝染(うつ)れば、
「よかった! じゃあ、早速で申し訳ないけど、ARIAカンパニーに案内してもらっていい?」
「はひっ♪ あっ、早く帰らないとアリシアさんが心配しています!」
「あぁ、そうだった! もうすぐ約束の時間だ」
 そう言って穏は、いつの間にかに笑うのをやめ、何やら意味深長な目で二人を見上げていたトレニアの髪をかき乱すようにクシャクシャっと撫でまわした。
「あぁ、もうっ! やめてよ、乱れちゃうじゃないですか」
「じゃあ座ってないで荷物を舟に、って、もう灯里さんが載せちゃったか」
 ゴンドラを見れば、手際よく二人の荷物をゴンドラへと移した灯里が、片足を舟に、もう片足を舟着場にかけ、出会ったとき以上の明るい笑顔で二人が来るのを待っていた。そして、そんなウンディーネの少女は、柔和な笑みのその口を、二人に向けてそっと開くのである。


「穏さん、トレニアさん。わたくし、水無灯里がARIAカンパニーまでのひと時をご案内いたします。さぁ、お手をどうぞ!」


 そう言って手を指し伸ばす彼女の姿は、とても凛々しく、半人前ウンディーネなどと微塵も思わせないステキな輝きを放っていた。





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