青い瞳のレクイエム#05.1『インターミッション――少女と共に影を追え――』
ARIAの二次創作小説(続き物)です。
主人公はオリジナルキャラクターですので、その点をご留意くださいませ。
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ネオ・ヴェネツィアは水の都である。
その名のとおり、マンホームに実在した水の都・ヴェネツィアをこのアクアに再建するかたちで生まれた街だ。歴史的な建造物の移設に限らず、街の景観そのものも、できる限りかつてのヴェネツィアに合わせて造られたからだろう。技術の発展や進歩で失われがちな古くからの文化も忘れ去られることなく遺(のこ)っており――
きぃ……きぃ……
ウンディーネの少女が漕ぐこのゴンドラも、ヴェネツィアの伝統として受け継がれている文化の一つであった。
「穏さん、トレニアさん。ここがネオ・ヴェネツィアで最も大きい水路の『カナル・グランデ(大運河)』です!」
ゴンドラの心地よい揺れに、歩きづめだった疲れも手伝ってうつらうつらとしていた穏が、まるで教師に指された居眠り中の学生のようにはっとなって顔を上げ、灯里からはおかしそうな、トレニアからはあきれた笑いを誘って場を和ませた。
「広い水路ねー…」
トレニアがため息まじりになるのも無理はない。
今まで三人がいた水路は、せいぜいゴンドラの横幅三艘分程度の広さだった。しかし、このカナル・グランデの大きさはといえば、万が一にもぶつかれば、小さなゴンドラなどひとたまりもないくらいに大きい水上バスが何隻もすれ違えるほどに、太い。そして何より、船の往来の多いことといったら……
「あ、灯里さん、前から大きいの来たよ!?」
そう言って、トレニアは不安げに灯里を見上げたのだが、
「トレニアさん、あれは『ヴァポレット』という呼び名の、ネオ・ヴェネツィアの水上バスです♪」
灯里の楽しげな解説に、穏が思わず笑いを噴き出して、トレニアはふくれっ面で縁に頬杖をつくのだった。
「ここから反対側に行くと、『リアルト橋』という、ネオ・ヴェネツィアでも指折りの人気スポットがあるんですよ♪」
「リアルト橋?」
トレニアが、頬杖をついたまま灯里に振り返った。
「はひ、白くて大きな石造りの橋で、橋にはアーケードが作られていてお店もあるんですよ! 私のオススメです♪」
「へぇ~。じゃあ、あの目の前の橋は?」
と、行く先に見える黒っぽい橋を穏が指さした。
「あれは『アカデミア橋』といって、カナル・グランデにかかる橋では一番南側の橋です。あの橋を通り越すと、『ネオ・アドリア海』は目の前です!」
そう目を輝かせた灯里のオールに力がこもる。
穏とトレニアが見上げる中、三人が出会った水路の橋など比べ物にならないほどに長く、大きなアカデミア橋が後ろへと流れていった。そして、二人が行く先へと顔を戻せば……
「わぁ~~…!」
右手の街並みが途切れ、カナル・グランデが大きく開けたそこには、西の夕日に赤くきらめく広大なネオ・アドリア海が姿を現したのだった。
感嘆のハーモニーを奏でる客人に、灯里もまるで自分の事のように嬉しそうに笑う。そして、灯里は続く左手の街並みに沿いながら、ゴンドラを赤いきらめきの中へと躍らせた。
「穏さん、トレニアさん。もうすぐ左手にネオ・ヴェネツィア一の観光名所『サン・マルコ寺院』と『大鐘楼』が見えてきます。そこから海沿いに延びる賑やかな『ネオ・スキアヴォーニ河岸通り』に沿って漕ぎ進めば、ARIAカンパニーはもうすぐです♪」
そう灯里が案内したときだった。
「あぁ…そうか…!」
「どうしたんですか?」
灯里によればARIAカンパニーがあるという舟の舳先の方を見て、何かに気づいたように「ふふっ」と含み笑う穏に、トレニアが首をかしげる。
「分からないか? トレニア」
穏はニヤリとし、トレニアの視線を誘うように彼女の目から後ろの灯里へと振り向く。もちろんそこには、何の話か分からずきょとんとしている灯里がいるのだが、彼の視線は灯里の後ろへとさらに動いて……
「あ……」
彼に釣られ、トレニアの目が今にも水平線にかかりそうな真紅の太陽と重なったまさにそのとき、彼女は穏の言うことにピンときたようで、慌てて舟の進む先へと振り返ったのだ。
そして、向き直った二人の先には、真っ赤な夕日を浴びて水面に映る灯里の影が、長く、まるでARIAカンパニーの方を指すように伸びているではないか!
「『少女と共に影を追え』、か……」
今朝の手紙にあった言葉をつぶやきつつ、穏はトレニアに楽しそうに笑い、トレニアもうなづきながら笑みを返した。
手紙の書き主が誰かは分からない。おそらく、依頼主のアリシアという灯里の先輩なのだろうが、そのアリシアが書いたあの言葉は、まさにこの瞬間の、まるでARIAカンパニーを指すように長く伸びて水先案内する灯里の影のことを示しているように思えてきて……
「迷いながらも歩き続けて、偶然見つけた橋で灯里さんと出会って、そしてこの夕日と影だよ。ほんとに『なんてステキな摩訶不思議』だな……」
「ほんと、そうですよね……」
自分のセリフを引っ張り出しておかしそうに微笑み合う二人に、灯里が話から取り残されまいと大慌てですがりついた。
「穏さんもトレニアさんも、何の話ですか!? 私にも教えてくださいよぉ!」
「あはは! あのね、灯里さん――」
そして、赤いきらめきの絨毯に浮かぶ一艘のゴンドラでは、ARIAカンパニーに到着するまでのひと時の間、男女三人の歓談の声が途切れることなく続いたのだった。
「ぶいにゅ~…」
あ……舳先で一身に夕日を浴びる社長の雄姿ときたら、すごくかっこいいっ!
「ぶ~いにゅっ!」
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