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青い瞳のレクイエム#06.1『アリシア・フローレンスの安堵』

ARIAの二次創作小説(続き物)です。
主人公はオリジナルキャラクターですので、その点をご留意くださいませ。

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 白銀の太陽が真っ赤に染まり、もう間もなく西の先へと姿を隠そうかという頃……


 ネオ・スキアヴォーニ河岸通りの東の端にあるARIAカンパニーに、落ち着かない様子で右へ左へと歩きまわる女性の姿があった。

「遅いわ……灯里ちゃん、どうしちゃったのかしら……もう教会の方も来られる時間なのに……」

 海上に店舗を構えるARIAカンパニーには、その周囲を歩きまわれるように桟路が設けられているのだが、その女性は、なにやら心配げな表情でその桟路を歩きまわり、まるで何かを捜すかのように赤くきらめくアドリアの海を見やっては「あぁ…」と心配げなため息をもらしていた。


 そんな浮かない顔で灯里の姿を捜しまわる女性の名前はアリシア・フローレンス。
 観光都市であるこのネオ・ヴェネツィアには、ゴンドラという小さな舟を用いて旅行者達の水先案内(観光案内)をする職業があるのだが、このアリシアもまた、その水先案内人の一人である。
 水先案内人達は、伝承にある水の妖精にちなんで『ウンディーネ』と呼ばれている。そんなウンディーネのアリシアが勤めるのがこのARIAカンパニーという水先案内店だ。そして、彼女が捜している灯里もまた、ARIAカンパニーのウンディーネなのである。
 社員は彼女と灯里、そしてアリア社長の三人であるから、灯里はアリシアの直接の弟子ということになる。そして、その愛弟子である灯里が、いつもなら戻っているであろうこの夕の時間に、いまだにその姿を見せていないのだった。

 夕日の方には、その逆光で黒いシルエットに浮かび上がるジュデッカ島や、いまだ往来の賑やかなカナル・グランデが見える。さらに右へと目をやれば、観光客であふれるサン・マルコ広場が姿を現し、その辺りは客を乗せたゴンドラの往来も多いから、その黒い点の中から灯里の舟が戻ってこないかと目を凝らしたりもしているのだが、西からの赤い日差しで舟も人も黒くつぶれてしまっていて、漕ぎ手が灯里かどうかなど店舗のそばまで近づいてこなければ分からないというのが、残念ながら今の状況だった。
 それでも何もしないよりは落ち着くのだろう。焦燥に駆られる気持ちを抑え、できる限り平静に、木の桟路をコツコツといわせていたアリシアだったが、ふと、そんな彼女の足がピタリと止まった。
「まさか、エクソシストさんのことをだいぶ怖がっていたから……」
 焦燥感でいっぱいだった彼女の脳裏をよぎったのは、灯里の今朝の様子だった。
 朝、出かけ際に、教会からエクソシストが来てくれることになったのを灯里に告げたのだが、エクソシストという単語を聞いたときの反応ときたら、ただ『お祓いを受ければ気分的にも楽になれるに違いない』という軽い気持ちでいた自分には想像もできなかったくらいにおびえていたのである。
 もちろん、エクソシストのお祓いが『何』を祓うのかなど分かっているつもりだが、それはこの世には存在しないものであって――と、そこまで考えて、灯里という大切な少女が自分なんかよりも純粋で感覚の鋭い子だということをすっかり失念していたことに気がついて、そんな自分に失望するように、彼女は両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込んでしまった。
 しかしすぐに、そうはしていられないとばかりに立ち上がる。
「あぁ、どうしようかしら……捜しに行くにも、もうお約束の時間だし……」
 灯里は自分が呼んだエクソシストのことが怖くて、帰るに帰れないでいるのだろうか……。そうならば、すぐにでも捜しに行って、そして自分の無神経を謝らなければ。けれども、時計を見れば、もういつエクソシストが到着してもいい時間である。
 灯里を迎えに行きたい。しかし、社員は灯里と自分だけという会社ということもあって、来てくれるように頼んでおきながら、頼んだ自分がこの社屋を離れるわけにもいかない。
 そんないたたまれない葛藤で右往左往する彼女の耳に、


「アーリシーアさーーーん!」


 今までの憂い事など一瞬で吹き飛んでしまう、待ちわびた少女の明るい呼び声が響いてきたのだった。





「あぁ……おかえり、灯里ちゃん!」
「ただいまです、アリシアさん!」

(……えっ!?)

 声にため息がまじるほどの心配とは裏腹な、灯里のとても明るく楽しそうなただいまの挨拶に、アリシアの目はまるでハトが豆鉄砲を食らったようにまるくなった。
 よかれと思ってのこととはいえ、自分がエクソシストなど呼んでしまったせいで、てっきり今朝以上に不安の種を増やしてしまっておびえているに違いないと思っていただけに、灯里が笑顔で帰ってくるなど考えの片隅にも浮かばなかったものだから、すっかり肩透かしを食らってしまったのである。
 もちろん、灯里が楽しく笑っていることは嬉しい。
 けれども、アリシアが心配一心に「帰りが遅い、どうしたのかしら」と右往左往していたちょうどその時、灯里本人はといえば、これから会社にやってくるはずのエクソシストに悩み事をすっかり話し、帰りのゴンドラでは談笑すら交わしていて、そして、アリシアがそんなことなど知るはずもないのだから、悲愴感すら感じられた今朝とは正反対の笑顔で灯里が楽しそうに戻ってくれば、それが切に望んでいたことであっても、どうしたことかとアリシアが驚いてしまうのも仕方のないことだった。

 水面に長く伸びた自分の影を追うようにして、灯里は楽しげに微笑みながらARIAカンパニーの舟着場へと漕ぎ進める。
 こんなに元気な灯里が帰ってくるなど想像もしていなかったが、何にしても、彼女の帰りを待ちわびていたアリシアにとって、笑顔でゴンドラを漕ぐ灯里の見慣れた光景は、ほっと胸をなでおろすには十分だったようだ。
「よかったわ、灯里ちゃん……」
「えっ?」
 歩み寄って安堵の表情を浮かべるアリシアに、灯里はその理由が分からない様子で小首をかしげた。
「灯里ちゃん、エクソシストさんを呼んだって言ったらすごく怖がっていたじゃない? だから、エクソシストさんに会いたくなくて帰ってこないんじゃないかと心配していたのよ」
 そう言って申し訳なさそうにするアリシアに、灯里は困ったように人指し指を頬にあて、
「怖かったのは間違ってませんけど……」
 とつぶやきながら、二人の客人達ににこりと微笑みかけた。
 そんな彼女の視線に釣られたアリシアが、やっと、灯里の舟に乗っている見知らぬ客人に気がついた。今の今まで気にも留めなかったことにはっとなって大慌てで会釈をしたのだが、そんなアリシアに灯里がまた「ふふっ」と笑う。
「……けど、こんなエクソシストさんなら大歓迎です♪」
 その言葉に、アリシアがまたも目をまるくする。
「それじゃあ……」
「はひ! こちらのお客様が、アリシアさんが呼んでくださった教会のエクソシストさんです♪」
 灯里の紹介に合わせるように、小さく揺れる舟の上、二人の客人はバランスを取りながら立ち上がって、桟路のアリシアに深々と頭を下げるのだった。





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