青い瞳のレクイエム#07.1『ARIAカンパニーのだんらん(1)』
ARIAの二次創作小説(続き物)です。
主人公はオリジナルキャラクターですので、その点をご留意くださいませ。
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民家が肩を寄せ合うネオ・ヴェネツィアでは、街中になればなるほど宵闇も早く訪れる。
夏も間近というこの季節でも、時計塔が午後六時を告げる頃になれば、だんだんと民家からも明かりがもれ始め、その光はすぐにそばの路地を照らす街灯となる。そして、街灯となったそのだんらんの光は、帰路を急ぐ人の足をだんらんの待つ自宅へと優しく導いていった。
そんな街中から聞こえ始めた宵闇の足音は、日が落ちると共に、まだ明るかったネオ・アドリア海沿いの通りや民家にもやってきて、そして夕のだんらんを誘う闇ですっかりと包み込むのだ。
もちろん、宵闇は一軒たりとも見逃したりはしない。
アドリアに浮かぶ小さなARIAカンパニーにも“CHIUSO(閉店)”の看板がかけられ、二階からは明るい光とともに、夕飯をいっそう待ち遠しくさせる「トントントン」という軽やかな音も響いていた。どうやらここでも、だんらん準備の真っ最中のようである。
今日は少しだけ、いつもの夕とは様子が違うようだが……
「お風呂、お先にいただきました」
そんな声に、リズムよくまな板を叩く音が止まり、包丁を握るアリシアが声のした方へと振り向いた。キッチンで調理中のアリシアにご機嫌な声をかけたのは、タオルで濡れ髪をふくパジャマ姿の穏である。
「慌てての準備でしたけど、お湯加減はいかがでしたか?」
そう言いながら、アリシアは包丁を置いて手をすすぎ、顔だけで見返ったまま話すのは失礼とばかりに、あらためて振り向き直った。そんな彼女に、穏は先ほどのことなど気にする様子もなくにこやかだ。
「ちょうどよかったです! それに、脚をゆっくり伸ばせてほんと気持ちよかったですよ!」
すっかりリラックスした様子の彼に、アリシアはほっとしたようで、
「まあ、うふふ! ちょっと心配していたのですが、そう言っていただけると私も嬉しいです」
と、嬉しそうな笑みがこぼれていた。
さて、到着早々に海水浴をするはめになった穏が海から引っ張り上げられ、平身低頭のアリシアに背中を押されるがまま浴室へと入ったのがつい先ほどのこと。今ではすでに入浴を済ませた彼がキッチンにいるのだが、彼が湯船でのんびりバスタイムを満喫していた数十分の間に、ARIAカンパニーではちょっとしたやり取りがあったようである。
「トレニアちゃん、本当に責任感の強い子なんですね」
アリシアがちょっと前の出来事を思い出したようで、なにやら楽しそうに「ふふっ」と笑みを浮かべた。そんな彼女に、穏は頭にかけていたタオルを首にかけ直しながら、その首をかしげてみせた。
「トレニアが? あいつがどうかしましたか?」
「ええ。『穏さんがああいうことになったのは私の責任』って言って。悪いのは手を滑らせてしまった私なのに……なのに、何度も何度も謝ってくれるんですよ」
アリシアが言うのは、穏が浴室に入ってすぐのこと。ARIAカンパニーの浴室は屋根裏にあたる三階にあるのだが、びしょ濡れになった穏が舟着場からそこまでを、水を滴らせながら濡れた足でペタペタと歩いたのである。当然のことながら、社屋の床には長まるい彼の足跡とポタポタ落ちた小さな水滴の跡が浴室までの道しるべを作ったわけで……
「私達でやるからと言ったのですが……トレニアちゃんには床掃除まで手伝わせてしまって」
「あぁ、それこそ俺の方が申し訳ないです……到着早々、ご迷惑をおかけしてしまって本当にすみません」
頭を下げる穏に、アリシアがはっとなって口に手を当てた。
「ご、ごめんなさい! そういうつもりで言ったのではないんです……」
アリシアは、自分の余計な言葉でまた気を遣わせてしまったと伏し目がちに肩を落とす。それを見て穏は困ったように笑って、人指し指で頬を掻いた。
「まぁ……俺が言うのもなんですが、さっきのことはお互いにもう気にしない方向でいきませんか? どのみち、今日はここに泊めていただく話になっていましたし、それに、お風呂に入る前にちょっと泳いだお陰で、湯船でのひと時がすごくシアワセでしたよ」
そう言って、控えめだがおどけてみせる穏に、アリシアは顔を上げ、
「シアワセ、ですか」
と、復唱するようにつぶやくと、なにやら意味深長に「ふふっ」と小さく笑みをもらした。
そんな彼女に穏の首がまた傾くのだが、訳が分からなさそうにきょとんとする彼に、アリシアは「うふふっ」と笑って、まるでキッチンへ誘うようにエプロンを翻すと、途中にしていた料理に再び取りかかるのだった。
「夕飯を作られていたんですか?」
招かれるようにしてキッチンへと入った穏は、まな板に向かうアリシアに歩み寄った。
「ええ、もちろん穏さん達の分も。……夕飯はまだですよね?」
「はい、そういう時間でもありませんでしたし」
「うふふ、今日は夜の予約がなくてよかったです、本当に…」
アリシアは「トントントン」と音のなる手元から目を離さなかったが、それでも彼女の目じりは下がっていて、答える声も嬉しそうに弾んでいた。
今はレタスやらトマトやらを相手にしているアリシアだが、それとは別に、コンロの鍋では何やらコトコト煮込み中で、穏が鍋の中を思わず覗き込んだ。
「それがメインディッシュなんですけど、何だと思いますか?」
「えぇ!?」
アリシアからの不意の出題に、穏の目が点になる。
何だろう程度に鍋を眺めただけの穏だったが、正解を期待するようなアリシアの微笑みに、今度は眉間にしわを寄せ、おいしそうな音を立てて具材の揺れる鍋をまじまじと見つめ込んだ。
頬を掻く穏の視線の先には、ジャガイモにニンジンにタマネギに、それと何かの肉だろうか、料理をあまりしない彼にとっては赤いニンジン以外全く確信の持てない具材が多めのお湯に揺れている。
(鍋で煮込むといえば……カレーとかか?)
そう思いながら、他の手がかりを求めるように、悪戯っぽい笑みで見ているシェフ・アリシアの手元へ視線を泳がせれば、
「これはサラダ用の野菜ですよ」
まな板の野菜は鍋の料理とは関係ないようだ。
穏は、さらにその向こう側を眺める。
(んー、その奥にあるのはミルクのパック……?)
と、穏がひらめいたように目を輝かせた。
「分かった! シチューですね?」
「あらあら、うふふ♪ 大正解! ホワイトルゥを作って混ぜ合わせれば完成です。腕によりをかけているつもりなので、お口に合えばいいんですけど…」
正解に導いた牛乳パックを持ち上げて楽しそうに笑うアリシアに、
「いやぁ…もうおなかペコペコなので、何杯でもおかわりしちゃいますよ!」
穏がおなかをさすりつつおかわり宣言だ。そんな彼に、頬に指をあてて困った仕草のアリシアが鍋を覗き込む。
「あらあらあら、足りるかしら」
「大丈夫……と思いますよ?」
穏も一緒に覗き込んでは顔を見合わせ、二人は楽しそうに「ふふっ」と噴き出していた。
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