青い瞳のレクイエム#07.2『ARIAカンパニーのだんらん(2)』
ARIAの二次創作小説(続き物)です。
主人公はオリジナルキャラクターですので、その点をご留意くださいませ。
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ひとしきり笑うと、アリシアは刻んだ野菜をボールに移して、今度は冷蔵庫からバターを取り出した。
「そうそう、アリシアさん」
「はい?」
小棚にある白い粉の入った容器にも手を伸ばしていたアリシアが、何かを思い出したような穏の呼びかけに振り返ると、何やら苦笑い気味に指で頬を掻く穏の顔が飛び込んできた。
「さっき、灯里さんになんか笑われた気がしたんですけど、もしかして…トレニアが何か変なことを言ってました?」
それは、浴室を出た穏が、つっ掛けた借り物のスリッパをパコパコいわせつつご機嫌に階段を下りてきた時のことだ。彼が下りるのとちょうど入れ違いに灯里とトレニアが上がってきたのだが、穏を見た灯里が何やらおかしそうに笑っていたのである。そして、彼女は何かを告げようとしたのだろう。足を止めて半ば口を開いたのだが……
「トレニアが、何か教えてくれそうだった灯里さんを押してっちゃったんですよね」
そういうわけで、結局灯里は彼に何も告げることなく、二人は彼を背に三階へと上がっていったのだった。
ついいましがたのことを尋ねられて、アリシアは、思い返すように視線を宙に泳がせる。
「トレニアちゃんは特に何も言っていませんでしたけど、笑っていたんですか……何かしら」
穏は、トレニアが昼間に言っていた『写真』のことが気になっていたのだが、どうやらその写真のお披露目会が行われていたわけではなかったようだ。灯里の笑いの理由も写真とは関係ないようで、とりあえずはほっとひと安心したようである。
それにしても、やけにトレニア持参の写真を気にする彼であるが、それにはちょっとした理由がある。
トレニアは、穏にはしょっちゅう突っかかるのだが、誰彼構わずそういう態度というわけではなく、これが意外にも人付き合いは上手い方なのだ。依頼先を訪問する穏にくっついてきては、彼以上に訪問先の人と仲良くなってしまうのは、人見知りしがちな穏からするともう魔法のような特技で、そんなトレニアだからこそ、いくら突っかかられても彼女は彼にとって憎めない存在なのであって、彼が毎回のように依頼先についてこようとする彼女を拒まない大きな理由なのである。おまけに、トレニアがいると、人見知りするはずの彼もなぜだか結構普通に話せたりするわけで……。今となっては、トレニアは、彼にとっていてくれるだけで助かる存在にもなっているのだった。
そして、そんなトレニアが訪問先での話題づくりによく使うのが『写真』なのである。
写真のことは、灯里と出会ったあの橋の上で少し話していた。けれども、どんな写真を持ってきたかなど詳しいことは教えてくれなかったし、何より微妙な含みを残されたまま会話が終わっていたものだから、穏としては自分の写った写真――特に寝顔やら不意を撮ったものなど、見られると恥ずかしいもの――がそんな写真のラインナップに入っていないか、気が気でなかったのである。そして、そんな写真が話題づくりに利用されるとしたら、お披露目される相手といえば、自分のことを『ステキなエクソシストさん』なんて言ってくれた灯里に……
「んー……」
と、あの温かく柔らかな手を頬に当て、考えをめぐらせているアリシアなのだ。
(あぁ……生で寝顔見られるのは別にいいけど、いつ撮られたかも分からないような、変な顔で写ってる写真は勘弁してくれ……)
もちろん、そんな変な写真を撮られた覚えはないのだが、恥ずかしい写真というのは自分の気がつかないところで撮られていることが多いものだ。寝顔など、寝ているときに撮られるのだから気づきようもない。そんな、出所不明、撮られ所不明の写真を灯里やアリシアに見られるなど、絶対に避けたい。穏はそう願うはずだった……
しかし、アリシアの反応からすると、トレニアの写真が灯里の笑いの原因ではなさそうなのである。
(じゃあ、灯里さんのアレは何だったのかな)
そんな風にして、まさに穏が悶々と考えをめぐらせているさなかだった。
彼を観察するようにクリクリと動き始めたアリシアのきれいな瞳が、彼の胸元辺りに巡ってきたところでピタリと止まる。そして……
「あらあら……うふふ♪」
何やら合点がいったとばかりに笑うアリシアは、階段での灯里と同じように何やらおかしそうである。
そんなアリシアにきょとんとしながらも、彼女の視線を追うようにして、穏は自分の胸元に目を落とした。
「あぁぁっ!!」
アリシアと穏の視線が重なったそこには、なんと恥ずかしいことか……ボタンが一つ違いに留められたパジャマがあるではないか!
「笑ってたのはこれのことか!!」
トレニアに恥ずかしい目に遭わされたら……そんなことばかり考えていた穏は、まさか自分のせいで恥をかくなど思ってもいない。だから、掛け違いのボタンを留め直そうとするも、あまりの恥ずかしさに慌ててしまって、震える指はボタンをつまんではポロリと逃してしまう。
そんな、ボタンでお手玉する彼の手元に……
「ふふっ……」
すっと、別の手が伸びた。
「ぁ……」
いつの間にか彼に歩み寄ったアリシアが、楽しそうに微笑みながら、もたつく彼に代わって、ひとつひとつボタンを留め直し始めたのだ。
「あの…すみません……」
自分の胸元で軽やかに動くしなやかな指に、まるで見とれるようにして、穏は違えたボタンのひとつひとつをゆだねていた。
「はい、穏さん」
呼ぶようなその声に、ほうけていた穏が胸をドキリとさせ、またも慌てて顔を上げた。
「もう……灯里ちゃんったら、意地悪しないで教えてあげればいいのに」
上から下へとボタンを留め終わったアリシアの手、そのつめ先が、彼の胸を撫でるようにして上がったと思えば、今度はすっと彼の首元に伸びる。抱きつくように伸びたその白磁の白は、健全な青年の妄想を見事に裏切ってパジャマの襟へと伸び、後ろから前へとその乱れを整え始めた。最後に、両の肩口をつまみ上げて全体を整えれば、一歩下がってチェックするように見直して、そして「バッチリ」と満面の笑みを彼に投げかけた。
「もう大丈夫ですよ。灯里ちゃんには、こういうことはちゃんと伝えるように言っておきますね」
誰かの胸の高鳴りなど知ってか知らずかのアリシアだが、脈を整えるように一息ついた穏は、灯里に注意すると言う彼女に大きく首を横に振る。
「言うならトレニアですよ! 教えてくれようとした灯里さんを急かしたのはあいつですもん。あの時あいつが……だぁぁぁもうっ!」
「あらあら、うふふ♪ それならトレニアちゃんにはきつ~く言わないといけないわね!」
錯乱したような穏がおかしかくてたまらなかったのか、笑い出したアリシアは、三階にも負けないくらいに思い切り楽しそうだ。口に手を当てて肩を揺らすそんな彼女に、連れの仕打ちと口をとがらせていた穏も、いつの間にやら表情が緩んで、一緒になって笑い出していた。
それにしても、あの時に二人がボタンの掛け違いを教えてくれていたら……きっと、こんな“ドキドキ”はなかったに違いない。それに、アリシアも、こんなに楽しそうな笑顔を振りまいてくれているではないか。
(灯里さんのこともあって、アリシアさんの気分もだいぶ落ち込んでいたはずだけど……)
笑みにくずれた彼女の表情を見れば、そんなエクソシストの心配など軽く吹き飛んでしまった。そして何より……
(トレニア、灯里さんの口ふさいでくれてサンキューなっ♪)
……どうやら今の彼には、金髪美人のウンディーネに『ボタンを掛け違えるほどのうっかりさん』と思われたかもしれないという考えは浮かばないようである。
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