青い瞳のレクイエム#07.5『ARIAカンパニーのだんらん(5)』
ARIAの二次創作小説(続き物)です。
主人公はオリジナルキャラクターですので、その点をご留意くださいませ。
――*――――*――――*――――*――――*――――*――――*――
「えっ? 私のお友達がですか!?」
驚いて目をまるくするアリシアに、穏が「ええ」とうなづいた。
彼女が驚くのも無理はない。『猫の友達はいるか』などと尋ねられて、目をまるくしない者は普通いないだろう。
そう、彼が尋ねたのは、アリシアに自分達を紹介したという彼女の友達のことだった。
今朝、エクソシストのもとに届いた差出人不明の手紙には、まるで何かの冗談とも思える猫の足跡印鑑が押されていた。もちろん、その印鑑が猫のものかどうかすら定かではない。ただ単に、最初に手紙を見つけた孤児院のちびっ子が『猫さんからのお手紙だ』と大騒ぎしていたから猫の足跡ということになっているだけで、猫の足の裏などまじまじと観察したことがない穏には、犬の足跡にすら見えなくない、そんなしるしだった。
「ええ、俺達に取り次いでくださったというアリシアさんのお友達がどんな方か気になって」
もちろん、彼女の友達が猫だなどと、彼も本気で思っているわけではない。しかし、あの手紙はてっきり依頼主のアリシアが書いたとばかり思っていたものだから、それが依頼主からではないと知らされれば、肉球じるしの手紙を送ってきた相手は一体どんな人物なのだろう――と、そんな興味がわいてきて至極当然である。
「どんなって、よく私のゴンドラをご利用いただく方なんですけど……それが何か」
質問の意図を説明されないままのアリシアは、話が全くみえないといった様子で、彼の素っ頓狂な質問に苦笑いで首をかしげている。
そんな彼女に、さらに意味深長な笑みを浮かべた穏は、
「俺のスーツ、上ですよね?」
すっと上を指差せば、
「え? えぇ、灯里ちゃんの部屋にかけてありますけど……」
訳が分からないままうなづき返すアリシアに「ちょっと待ってて下さいね」そう言って、キッチンを駆け出ていくのだった。
彼の背中を、目をぱちくりさせながら呆然と見送るアリシア。
パコパコ階段を駆け上がる音が天井の先で止まると、そんな彼女の耳に、穏と灯里達三人のやり取りが響いてくる……
「あっ、穏さんのボタン、直ってる!」
「おーもーいーだーしーたーーっ! トレニア、気づいたのに黙ってるなんてひどいじゃないか!!」
「はわわわわ……穏さん、落ち着いて落ち着いてっ!」
「ええい止めるな灯里さん! トレニア、お前のツーテールを後頭部で固結びにしてくれるわっ!」
「ああん、だめぇ! ごめんなさいごめんなさいっ! 穏さんだってあんな子供みたいなことしてるからいけないんじゃないですかぁ!!」
……程なくして下りてきた彼を出迎えたのは、まさに文字通り、おなかを抱えておかしそうに笑うエプロン姿のウンディーネだった。
「それは……手紙かしら」
本当におかしくてたまらなかったのだろう。アリシアは、穏の手元に目をやりつつも、涙のあふれた目を指の背でこすっている。
「ええ。これが今日、うちの教会前に置かれていたんですけど……」
まだどこか笑っているアリシアに、穏は苦笑いで頬を掻く。アリシアは「ごめんなさい」と真顔に戻ろうとするが、よほど三人のやり取りがおかしかったのか、また込み上げてきた笑いを隠すように、目元の手でゆがむ口元を隠すのだった。
(まあ……なんかアリシアさんのツボにはまってくれたみたいだから、いっか)
そんなことを思いながら、穏は、わざわざ取りに走った手紙を表に裏に回し見る。
が……
「あっちゃー」
残念そうな彼の悲鳴に、笑っていたアリシアも思わず彼の手元を覗き込んだ。
「あっ、滲んで真っ黒……。ごめんなさい、私のせいだわ……」
濡れてヨレヨレ、しかも滲んだ文字でグレーに染まった封筒に、アリシアがつい先ほどの失敗を思い出して肩を落とした。
「いえいえ。にしても、これじゃ話にならないなぁ……」
「もしかして、その手紙が私のお友達からの……?」
穏はコクリとうなづく。
「ええ。で、この手紙を受け取って思ったんですけど……アリシアさんのお友達ってなかなかユニークな方なんですね」
「えっ?」
含み笑う穏に、アリシアが小首をかしげた。
「だってこの手紙、封筒には宛名も差出人名もなくて、猫の足跡みたいな印鑑が押されていただけなんですよ?」
これまでの話の流れにやっと合点がいったらしい。アリシアは「まあ」とため息まじりにうなづいて、上目遣いで穏の顔を覗き込んだ。
「だからあんな質問だったのね」
「ええ。もちろん、中の文面まで『にゃーにゃー』なんてことはなかったですから、というかそれだと俺達はここまで来れませんでしたけど」
「あらあら、うふふ♪」
おかしそうに噴き出すアリシア。
「もちろん、穏さんを紹介してくださった方は猫ではないけれど、でも……」
今度は、アリシアが自分の番と言わんばかりに、意味深長に含み笑う。そして、穏が小首をかしげたのを見ると、満足げに「ふふっ」と笑って、
「もしかしたら、お友達が灯里ちゃんのことをよく知っていて、それで、そんな風なお芝居をしてくれたのかも!」
「お芝居、ですか?」
かしげている穏の首が、信じられないとばかりにさらに角度を増したのだが……
「ええ♪ もしかしたら、だけど」
アリシアの方は、相変わらず「うふふっ」と楽しげだ。
「灯里ちゃんは、よく不思議な体験をする子なんです。だから、穏さん達を紹介してくれたのが猫だったら、きっと喜ぶと思うし、そんな紹介でやってきたエクソシストさんなら、怖がりの灯里ちゃんも安心できるんじゃないかって配慮してくださったのかも!」
「あぁ……」
目を輝かせるアリシアの言葉に、穏もなんとなく合点がいったように大きくうなずいた。
確かに、ARIAカンパニーへと向かうゴンドラ上で肉球じるしの手紙の話を聞いた灯里ときたら、まるで大自然の大いなる何かと心を通じ合わせているかのごとく穏やかかつ幸せそうな微笑を浮かべ、手渡された手紙を興味津々に見つめると、彼やトレニアではたとえ思いついても口にすることは恥らわれそうなステキなセリフを吟遊詩人のごとくつむぎ始めたのだった。
「……確かに、本当にそうかもしれないですね」
そんな風に夕方の談笑を思い返していると、それより少し前の灯里の話も思い出されてくる。そして、彼が何気なく、
「猫の紹介でやってきたというのも、お狐様にすら出会ってしまう灯里さんにならピッタリですね!」
と、笑顔のアリシアに笑みを返したその時だった。
(アリシア…さん……?)
そう思うほんの一瞬だけだったのだが、彼の目には、笑顔を振りまくアリシアが、そんな彼女には似つかわしくないほどの、とても寂しげな表情をしたように見えたのである。
それすら気のせいかと意識の隅に追いやってしまうくらいに、次の瞬間には、彼女の顔は元どおりの微笑みで覆いつくされていたのだが……
「でも、穏さん……本当にありがとう! いくらそういう考えがあったかもしれないといっても、やっぱり最初はもっときちんとしたご連絡をするべきだったのに、それでも信じてここまで来てくださって」
「そんなそんな……中にはきちんとARIAカンパニーのことも書いてありましたし。それに……」
そこまで言って、穏は照れるようにして口をつぐんだ。
だが、アリシアはそれを見逃さない!
「んっ?」
と、続きを催促するような後ろ手の前かがみポーズで覗き込まれれば、彼女に秘密を隠しおおせる者など誰もいないに違いない。それはもちろんこのエクソシストにもいえることで……
「……それにこれが、あの……役目、ですから……」
「まあ、うふふ♪ 感謝しています!」
言わされてしまった恥ずかしい台詞に、艶やかな唇からつむぎだされた感謝の言葉。
穏青年の顔は、今にも湯気が立たんばかり、すっかり真っ赤に染め上げられてしまったのだった。
#07.4『ARIAカンパニーのだんらん(4)』≪≪
≫≫#07.6『心に秘めたもの』
| 固定リンク




