青い瞳のレクイエム#07.6『心に秘めたもの』
ARIAの二次創作小説(続き物)です。
主人公はオリジナルキャラクターですので、その点をご留意くださいませ。
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不意に、灯里とトレニアの今まで以上に大きな笑い声が聞こえてきて、穏とアリシアが二人して天井を見上げた。
「トレニアちゃんって、すごいわね……」
そうつぶやいたアリシアに、見上げていた顔を下ろす穏。
彼女は天井を見つめたままだが、その目は細く、どことなく嬉しそうに見えた。
「すごい?」
「ええ。だって、トレニアちゃんと灯里ちゃんは、ついさっき知り合ったばかりなんですよ? それなのに……ほらっ!」
天井からは「灯里、これ見て」「わぁ! あっ、トレニアちゃん、そっちは?」などと聞こえてきて、二人は何やらお楽しみ中のようだ。
「うふふっ! 二人とも、もう呼び方が変わってるわ。本当にずっと前から友達だったみたい。この前、ここに泊まってくれた灯里ちゃんのお友達にまじっても全然違和感がないくらいよ!」
そんな嬉しげな笑みをこぼすアリシアに、穏はどことなくうらやましそうなまなざしで天井を見上げて、おもむろに鼻からため息をついた。
「灯里さんも結構ひとなつっこい人みたいだから、トレニアだけのお陰というわけじゃないとは思いますけど……でも、あいつはほんとに、誰とでも仲良くなる天才みたいな奴なんですよ」
「誰とでも仲良くなっちゃうの? それはすごいわ!」
「まあ、苦手なタイプの人も少しはいるみたいですけどね」
穏はそう付け加えたが、それでも、トレニアは彼よりよっぽど人付き合いがうまい。
「俺は、どちらかといえば人見知りする方なので、人付き合いのうまいトレニアがいてくれると、ほんと助かるんです」
そして、彼の人指し指が苦笑いの頬へと伸びた。
「あいつが来ていなかったら、今ごろ、灯里さんはこんな楽しそうにしてくれていなかったかもですよ」
穏が人見知りしない性格でも、灯里とは出会ったばかりで、しかも彼とは異性の女の子だ。彼女と同じ女の子のトレニアの方が彼よりもスムーズに打ち解け合えたのは間違いない。
それに、灯里と出会ってこれまで、トレニアが不思議な出来事の体験者である灯里に張り付くようにしてずっと一緒にいるのも、灯里の不安を察して、その不安を少しでも和らげようと気遣ってそうしていることなのかもしれなかった。たとえトレニアにそんな思惑がなくとも、楽しく笑えば落ち込んでいた気分も自然と明るくなってくることを穏は知っている。だからこそ、たいていの人と仲良くなれ、今も聞こえる談笑のように会話を楽しく弾ませることのできるトレニアは、穏にとってとても頼れる助手なのであった。
「本当に……トレニアちゃんには感謝の気持ちでいっぱい。もちろん、穏さんにも!」
助手はトレニアなのにまるで誰かの方が助手みたいと言わんばかりの、どうにも面目丸つぶれな付け加え処理をされてしまったエクソシスト・穏なのだが……やはり、笑顔というものには、それを見ている者すら幸せな気持ちにする力があるらしい。柔和な笑みを浮かべるアリシアの前に、彼は気分を悪くするどころか「たいしたことは何も……」と照れを隠すように目を泳がせて、そんな彼を見つめるアリシアからさらに笑みをこぼさせるのだった。
「ねぇ穏さん」
なんとも耳に心地いい声の呼び掛けが、宙を泳ぐ彼の目を止める。
「今朝ね、灯里ちゃんが言っていたの」
首をかしげて続きを待つ穏に、アリシアがにこりと微笑んだ。
「『今日はきっとぐっすり眠れるから』って。それが、今夜は本当に灯里ちゃんの言っていたとおりになりそうで、すごく嬉しいです。これもすべて、エクソシストの穏さんが来てくださったお陰です」
そう言って、あらためて感謝の意を表したアリシアは、もしかしたら、わざわざお呼び立ての上お越しいただいている彼をないがしろにしたような先ほどの自分の言葉を気にしていたのかもしれない。
穏は、そんなアリシアに大慌てて頭を上げるように促すと、彼女にこたえるように、口元を引き締めうなづいてみせた。
「灯里さんが見た影については、俺ができ得る限りのことをします。ただの思い過ごしだったのか、それとも、本当に何か原因があることなのか……それをはっきりさせられた方が、灯里さんも、アリシアさんや周りの友達も、みんなすっきりすると思いますし」
顔を上げたアリシアも、真剣な表情でうなづき返す。
「はい、よろしくお願いします」
二人は、お互いに口元を引き締めあって、今までにない真剣な表情を交し合ったのだった。
「穏さん、一つだけ尋ねてもいいかしら」
食器の準備をと戸棚へ手を伸ばしていた穏が、その手を止めて振り返る。
「はい、なんですか?」
アリシアは、どこか興味深げな、それでいて困ったような、なんとも言い難い面妖な表情で穏を見つめていた。
「……今回のことなんですけど」
「ええ」
「その……見たって言う灯里ちゃんでも『人影のような』とあいまいな感じだったし、それに、警察の方も異常はないとおっしゃっていました」
穏は戸棚から手を下ろし、彼女に向き合って相づちを打つ。
「それを……穏さんは、いったいどうやって調べるの?」
「そのことについては、相談主のアリシアさんにはきちんとお話しようと思っていました」
まるで答えを準備して待っていたかのような、間髪入れないエクソシストの返答に、質問したアリシアも面食らってしまったようで、目をぱちくりさせている。
そして、穏もその話題に移ろうとしたのだろう。おもむろに彼が口を開けようとした、ちょうどその時……!
ぐうぅぅぅぅ~~
「あっ……」
穏の腹の虫が、いいかげんそのシチューを食わせろと言わんばかりに盛大に鳴ったのである。
ほうけるように口を半開きにしていた顔がそのまま苦笑いに変わったエクソシスト。まるくした目で彼のおなかを見つめこむウンディーネ。
「……と、そういうわけなので……もしよろしければ、先に夕飯にしませんか? このままだと腹の虫に腹を食われそうです」
「あらあらあら、うふふ! ごめんなさい。急いで注ぎ分けるから、灯里ちゃん達を呼んできてもらってもいいかしら」
「了解です!」
おかしそうに微笑んだアリシアに、軽やかな返事を返して、穏は再びキッチンを飛び出した。
が……。
「アリシアさん」
シチューの火を止めようとコンロのノブに伸びていた手がピタリと止まる。
アリシアがきょとんとした顔で振り返ると、上の二人を呼びに出たはずの穏が、ついさっき準備を手伝ってくれていたのテーブルのそばで立ち止まり、こちらを振り返っているではないか。
穏は、アリシアの顔色をうかがうように見つめている。そして、お互いの視線が重なったのち、二呼吸ほどの間をおいて、彼の唇がそっと開かれた。
「よかったら、アリシアさんのことも聞かせてください」
「えっ?」
自分でも戸惑うほどに胸がドキリとなって、アリシアは今にも裏返りそうな声で聞き返した。
「さっき、灯里さんのお狐様体験の話をした時、なんだかアリシアさんがとても暗い感じだったので、少し気になっていたんです」
そう言って、笑顔を作ってみせる穏。
「何か悩まれていることがあるなら、俺でよければ話してみませんか? 人に話すだけでも少しは楽になれると思いますし、もしかしたら、俺なんかでも力になれるかもしれません」
その言葉のあと、何十秒にも感じられる沈黙が続いて、言い出した穏の方がその重さにたまりかねたように人指し指を頬へと伸ばした。
「俺の勘違いだったみたいですね。変なこと言ってすみません」
謝る彼の言葉が、息すらしていないように目をまるくしたまま固まっていたアリシアの時間を動かしたようだった。はっと我に返ったアリシアは、何かを考えるようにゆっくりと目を閉じ、ゆっくりと首を横に振ってみせ、そして、彼女はゆっくりとまぶたを上げる。
「ううん、ありがとう、穏さん」
そう言って、アリシアはにこりと微笑んだ。
「でも、本当になんでもないの。心配をかけさせてしまってみたいで、許してね? 穏さん」
「許すも何も……なんでもないのなら、それが一番です」
柔和なまなざしのアリシアに、穏も首を横に振って答え、自分の間違いを取り繕うように「あはは」と大げさに笑ってみせた。
「それじゃあ、上の二人を呼んできますね!」
「ええ、お願いします」
そして、二人は今一度笑顔を交わし合い、今度こそ、穏は階段を上がっていったのだった。
穏の姿を見送ると、キッチンにはアリシアが残された。
一人になった彼女は、穏に投げかけた微笑のまま、おもむろに振り返る。
そこには、窓があった。
外は暗いが、室内が映り込んで窓は明るい。そして、いつの間にか笑顔の消えた独りのウンディーネが映しだされていた。
カチリ。
三人は何をしているのだろうか――そう気になってしまうくらいに、上はとても静かだ。だから、火を止めたノブの音がやけに響く。
換気扇の唸る音しか聞こえないほどの静寂に包まれて、アリシアは堪えかねたように「うふふっ」と笑みをもらした。しかし、その笑顔を見てくれる者は、今は目の前に映る自分しかいない。
そんな寂しげな笑みを浮かべた自分自身を見つめて、アリシアは小さくつぶやいた。
「(お狐様、か……)」
ため息まじりに押し出されたその言葉は、おいしそうな香りを放つシチューの湯気と共に、唸りを上げる換気扇へと吸い込まれていった。
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