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青い瞳のレクイエム#08.2『その 青が映すものは…(2)』

ARIAの二次創作小説(続き物)です。
主人公はオリジナルキャラクターですので、その点をご留意くださいませ。

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「それにしても……」
 口に手を当て楽しそうに笑っていたアリシアが、なにやら思い切るような面持ちになって、横目でちらりと穏の顔色をうかがった。
「穏さんも……何か悩みごと?」
「えっ?」
「ううん、勘違いだったらごめんね。でも、ここに座ってからはずっと、何か考え事をしていたみたいだったから……」
 桟路に座る二人のすぐ後ろには、先ほどまで女性陣がいたキッチンの窓がある。その女性陣の一人であるアリシアには――当然ほかの二人にも――手すりの柱にもたれる彼の後ろ姿はよく見えていたのだった。もちろん、彼が女性陣に何かアピールしようなどと考えてそんな場所に座ったわけではないのだが、暗がりに淡い光で浮かび上がった彼の背中を眺めていたアリシアには、その背中や肩に、どこか哀愁的なものを感じさせられていたのである。
 最初は、普段は仕事を終えた後の社屋に男性がいることなどないものだから、トレニアの言う『女』を理由に彼を遠ざければ彼が独りになってしまうのに、そんなことなど微塵(みじん)も考えつかず、そのせいで一人放り出された彼は気分を害してしまったのでは、と思っていた。けれども、アリシアもこれまでに数多くの客を相手にしてきたプリマ・ウンディーネ。はっきり何とは分からないが、彼の後ろ姿が放つ雰囲気が、少なくとも自分の想像のそれとは違うとも感じ始めていたところだった。
 そして、まるでタイミングを計っていたかのように話題を変えたアリシアに、穏は驚いたように眉を上げていたのだが、一つ苦笑いを浮かべると、一人座っていた時のように、再び、通りの方へと向き直ったのである。

 すっと、二人の間を肌寒い風が駆け抜けて、穏は肩のストールを首までずり上げ、アリシアは頬にかかった髪を耳の後ろへとかき上げた。

「ねぇ、アリシアさん」
「ぅん?」
「アリシアさんは、もう気がついているんですよね?」
「えっ? 何をかしら」
 穏は、何のことだろうと首をかしげたアリシアをおもむろに見上げると、
「俺の……目のことです」
 そう言って、眼鏡のブリッジ(鼻の上で左右のレンズをつなげているパーツ)に中指を当て、くいっとずり上げる。その瞬間――角度の変わったレンズが街灯の明かりでも反射させたのだろう――彼を見下ろしていたアリシアの目に、一つ同じ顔に並んでいながら互いの色が違うという、レンズの奥のなんとも不思議な輝きが飛び込んだのだ。
 アリシアは、ばくんッ、と心臓が高鳴ったのを感じて、それを隠すように思わず胸に手を当てていた。
 彼の虹彩異色の瞳のことなど、出会ったその瞬間からすでに気がついていた。この夜の闇の中、街灯の明かりだけでもその違いが分かるほどに、その目はなんとも表現しがたい魅力を強く放っているのである。灯里の言葉を借りれば、まさに『摩訶不思議』といったところだろう。そして、そんな目を持つ彼とは、もう何時間も一緒に過ごしているのだ。顔の真ん中に付いた特徴あるそんな目に、どうして気づかないことがあるだろうか。
 それに、左右で色の違うという彼の目は、数え切れないほどの客と対面してきたアリシアでさえ初めてお目にかかる身体的特徴だったものだから、彼女も「お客様のことだから、意識してはいけない、させてもいけない」などと思いながらも、実は会話の端々で――できる限り自然を装って――虹彩異色の摩訶不思議な彼の瞳を興味津々に観察していたのである。
 もちろん、客の身体的特徴をまじまじと観察するなど、少なくとも客相手の仕事であるウンディーネとしてはあるまじき行為だということも重々分かっていた。だからこそ、アリシアは、たとえ彼に気づかれないようにしていたとはいっても、その目を盗み見ていたことを後ろめたく感じていて、ちょうどそんな時に、彼の方からその目の話題をきり出されたものだから、サァーっと血の気が引くほどの胸の高鳴りが彼女を襲ったのである。
「……え、ええ……最初に会った時から気がついていたわ」
 アリシアは、まるで先生にしかりつけられている学生が張り詰めた緊張の透き間からやっとの思いで言い訳を押し出したように、そうつぶやいてうなづいた。
 そして、誰しもが一度は経験したことがあることだと思うが、そんなときにした発言というものは、本当に言いたかった内容とは多少なりとも離れてしまっていることが多いもので、それは今の彼女にも当てはまっていたようである。「ごめんなさい、盗み見るような真似をしてしまって」と、ここまで続けて言うつもりが、緊張のせいか言葉に詰まってしまい、『気がついていた』ことだけを伝えたかたちになってしまっていて、おまけに、
「そうですか、よかった」
 と、全く予想もしていなかった『よかった』という言葉が彼の口から飛び出したものだから、見事に、彼に告白するタイミングを逃してしまったのだった。

「びっくりしたでしょ? 俺の目」
 アリシアを見上げる穏の顔は、彼女の憂いとは裏腹に別段怒ったような様子もなく、というよりも、むしろ彼の方が申し訳なさそうに笑っていて、アリシアはなんとも言い難い気持ちを抱えたまま、首を横に振っていた。
 しかし、そんなアリシアを見ていた穏は、くすりと笑う。
「気遣ってくださるのはすごく嬉しいです。でも、こんな普通じゃない目を見せられれば誰でも驚くのはもう分かっていますので、そんなに気を遣っていただかなくても俺は大丈夫ですよ」
 アリシアは、胸に当てていた手を下ろすと、もたれるようにそっと手すりをつかんだ。
「それに、灯里さんもアリシアさんも、今まで口に出すどころか態度にすら出されないものだから、もしかしたら本当に気がついてないのかなって、ちょっと気になっていたんです。でも、最初から気づかれていたということで、なんだかホッとしました」
 そう言って、穏は嬉しそうに含み笑う。
「ずっと俺に意識させないように気を遣っていてくださったんですよね。すごく嬉しいです! 本当にありがとうございます!」
 ウンディーネとしては当たり前の気遣いにもかかわらず、穏は、本当に嬉しそうに、心から笑っているように見えた。
(穏さんは、きっと、目のことですごく嫌な思いをしてきたのね……)
 アリシアは、左右の目の色の違いでいじめられる彼の幼い姿を想像して、心の中でそうひとりごちた。そして、気を遣いながらも、彼の目をこそこそと盗み見ていた自分に対する罪悪感と、さっきのタイミングで謝罪できなかったことへの後悔の念が、心の底からふつふつと湧き出してくるのを感じたのである。





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