青い瞳のレクイエム#08.4『その 青が映すものは…(4)』
ARIAの二次創作小説(続き物)です。
主人公はオリジナルキャラクターですので、その点をご留意くださいませ。
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カタン……。
ヒンヤリとした外気の流れ込む、少しだけ開いていたまるい天窓を閉めようと立ち上がっていた灯里が、窓を閉めるには少々長い時間を費やして、やっとベッドに腰を下ろした。
座った拍子に、ベッドがぎしっと音をたてる。
そして、しばらく続いていた静けさを破ったそのきしむ音は、ベッドの小脇でバッグをゴソゴソしていたトレニアに、なにかを感じさせたらしい。
「どうかした? 灯里」
トレニアは、展覧会に使った写真のあとかたづけをしていたのだが、その手をとめ、驚いたように眉を上げて灯里の方へと振り返る。その視線の先では、表情を少しくもらせた灯里が、なにやら考え込むようにして、白いシーツに視線を落としていたのだった。
「あのね、トレニアちゃん」
「ぅん? なになに、言ってみて」
「……今、外で穏さんとアリシアさんがお話してたんだけど」
と、灯里。
彼女の表情からして、聞こえていた会話の内容に深刻な空気を感じてしまったのだろう。
外で穏とアリシアが話していることすら知らなかったトレニアには、灯里が表情を暗くする理由など分かるはずもないものだから、とりあえずのところで、
「なに灯里、盗み聞きしてたの? いけないなぁ」
と、茶化してみせたのだが……。
「はわわ……そんなつもりじゃなかったんだけど……」
「じ、冗談よ、冗談!」
少しは笑うかな? などと思っていたトレニアの予想外に、灯里がガクリと肩を落としたものだから、トレニアは少し大げさに笑って彼女をなだめると、ぴょんと飛び乗るようにして彼女のとなりにしゃがみ込んだ。
灯里は、となりで自分を覗き込んでくるトレニアの顔をちらりとうかがい見る。そして、話しづらいことなのか、しかしそれでも話さずにはいられなかったのだろう、おずおずと口を動かし始めたのである。
「あのね、トレニアちゃん」
「なぁに?」
「……穏さんの青い左目のこと、なにか知ってる?」
そうきり出した灯里に、トレニアの目は驚いたようにまるくなったのだが……。
「……そっか……。穏さん達、その話をしてたんだ」
トレニアは、灯里の言葉になにか状況を把握したような、そんな面持ちで、その先に穏達がいるらしい天窓を仰いだのだった。
「俺がこの目とつきあい始めたのは……もう十年近く前のことです」
街灯に淡く照らし出された桟路では、アリシアの見つめる中、通りを遠くに見やりながら、穏がかみしめるようにして過去の出来事を語り始めていた。
「まだ両目とも黒だったころの俺は、いい意味でごく普通の両親と一緒に生活していました。親父は教師、お袋はずっと家にいたから、学校から帰ると家には必ず誰かがいて……。今思えば、俺はとても恵まれて育ったんだと思います」
「いいご両親なのね」
そう言って、アリシアがにこりと微笑む。そんな彼女に、穏も嬉しそうに微笑んで返した。
「それは、忘れもしません……。卒業式を控えた早春の、ある晴れた日の昼下がりのことでした。学校の終わった俺は、いつもの帰り道を一人で歩いていて、もうしばらくしたらこの道を通うこともなくなるんだな、そんな風なことを考えていたかもしれません。その俺の耳に、ふと、なにかの鳴き声が聞こえてきたんです」
「なんの鳴き声かしら」
そう首をかしげるアリシアに、穏は一つうなづいてみせる。
「みゃぁ……みゃぁ……。そんな鳴き声に、すぐに猫だと気がつきました。そして、なにかを呼ぶようなその声は、幼かった俺にもどこかもの悲しさを感じさせたように覚えています。――見に行かなきゃ! そう思って、俺は、か細い鳴き声に耳を澄ませて、右に左に歩き回りました。声が小さくなればきびすを返し、大きくなればさらに進んで、行き着いた先は古びた小さな空き家でした。その家は、それほど傷んでいたわけでもなく、幼い俺でも見えないなにかに恐怖を感じさせるような雰囲気もなくて、ただ、猫の鳴き声だけが響いていました。……俺はその声を追いました。すると……」
「捨て猫……?」
穏は、アリシアに小さくうなづいた。
「玄関から回った先のベランダの下に、アリア社長ならおしりがつっかえそうな大きさの箱が一つ。その箱の中に、白い子猫が一匹。少しくらい汚れていても洗ってやればすごくきれいになる――子供の俺にすらそう思わせるほどに気品ある子猫が捨てられていたんです」
穏が夜空を仰ぐ。
「背丈の倍以上ある箱に前足をかけて――おいていかないで――そんな目で俺を見つめてきました。おまけに、俺を見つけたとたん、まるで最期のチャンスとばかりにますます大きな声で鳴き出したんです。だから、俺も思わずその猫を抱きかかえていました」
「優しいのね……」
そう目を細めたアリシアに、穏は首を横に小さく振る。
「優しいだなんて……。俺でなくても、きっと、同じようにしていますよ。それに……」
アリシアは、首をかしげて、うつむく彼の瞳を覗き込む。
「……そいつを抱きかかえてしまったことが、それからの俺を変えてしまう『きっかけ』だったのかもしれません」
そうつぶやいた穏の横顔には「ふふっ」と笑みすら浮かんでいた。
しかし、そんな彼の話をずっと聴いていたアリシアには、その笑顔は、言いようも知れない辛労の果てにいき着いたあきらめの表情にも感じられて、意味ありげな彼の言葉にも、なにも問わず、ただそっと、指の絡む彼の手に優しく力を込め直したのだった。
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