青い瞳のレクイエム#08.6『その 青が映すものは…(6)』
ARIAの二次創作小説(続き物)です。
主人公はオリジナルキャラクターですので、その点をご留意くださいませ。
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穏が顔を上げ、二人の視線が一直線に重なった。
アリシアの瞳には、左右で違う輝きを放つ瞳が映りこんでいるから、彼の瞳にも、彼女の青い両目がしっかりと映りこんでいるに違いない。
そして、アリシアの瞳が自分を見てくれていることを確認すると、
「お願いがあります」
穏は、一語一語を確かめるようなゆっくりとした口調できり出したのだった。
厳かにも感じるほど静かな穏の話し調子に、アリシアも、思わず口もとを引き締めて「はい」と一言返し、彼の次の言葉を静かに身構える。
そんな彼女をじっと見つめていた穏は、二度、またたきをして、そしてふたたびゆっくりと口をひらいた。
「これからの話は、俺にとっては実際に起きた本当のことです。でも、俺以外の人にとっては、耳を疑うようなマユツバめいた話でもあるんです。……だから、エクソシストなんて浮き世離れしたことやってる人間の、本当かどうかも分からないオカルト話程度に聞き流してください」
「……それは、それはできないわ」
思いがけないほど早く返されたアリシアの返答は、その内容も、穏にとって意外なものだったに違いない。神妙だった彼の表情は、みるみるハトが豆鉄砲を食ったような顔に変わっていったのである。
「できないって……。今から話すことって、相手を選ばないと変人がられるような、そんなウソ臭い話なんですよ? それを真剣に聞くっていうんですか!?」
「ええ。だって、ウソではないんでしょ?」
「それはそうですけど……でも」
そこまで言ったところで、穏の目には満面にたたえられたアリシアの微笑みが飛び込んできて、彼はのどまで出かかっていた反論の言葉をのみ込んでいた。
「ねぇ、穏さん」
「……はい」
「穏さんはね、思い出したくないような昔の大変な出来事を、会って間もない私なんかに話すと言ってくれたのよ? そんな、相手を選ぶような話のその相手に、私を選んでくれた。そして、そうやって話すことの内容は、たった今、穏さんが『実際に身に降りかかった本当のこと』って言ったじゃない! そんな本当のことを適当に聞き流すなんて、私にはできないわ」
彼女の言葉に、穏は、目がしらの奥がチリチリと熱くなるのを感じていた。
「穏さん自身がウソ臭いなんて言うことだから、聞けばきっと本当に驚いてしまうようなことなんだと思う。……でもね、灯里ちゃんや私が真剣に話をしても、警察の方だってまともに取り合ってくれなかったような今回のことを、穏さんは信じて真剣に取り合ってくれた。それに、楽しく盛り上げてもくれたわ!」
アリシアが「うふふ」と笑みをこぼす。
「だから、というわけじゃないけれど……。でも、穏さんがこれから話してくれることが、たとえこれまで話をしたどの人もウソだといって信じてくれなかったんだとしても、私は信じる」
虹彩異色の瞳を優しく射抜くアリシアの瞳は――私を信じて――そう、無言で語っていた。そして、彼女のその気持ちは、これから自分が話すことを『嘘だと思え』そんな風に言っていた彼にも十分に伝わったようだった。
穏は、二度ほどパチパチとまばたきをしつつ星空を仰いで、おもむろにつぶやいた。
「アリシアさんは、ついさっきまで見ず知らずだった俺に、どうしてそんなに優しくしてくれるんですか?」
そう問う穏には、となりで自分に向かうアリシアが、視界の端でにこりと笑ったように見えた。そして、そんな風に微笑むアリシアが、笑みをたたえたその艶やかなくちびるでゆっくりと言葉をつむぎ出す。
「私は、特別に優しくしているつもりはないわ。普段と同じつもりよ。……でも、穏さんが言ってくれるように私が接していられているのなら、それは、穏さんが同じように、灯里ちゃんや私にとても優しく接してくれているからじゃないかしら」
ちょうど聞こえた灯里の笑い声に、アリシアから「うふふっ」と笑みがあふれ出す。
「それにね、穏さん」
「……はい」
「私は、誰かと素敵な時間を過ごすことに、出会ったばかりだとか、ずっと前から知っているだとか、そんなことは関係ないと思うの。だって、ずっと前から知っている人でも、みんな親密な仲かといえば、そうというわけでもないわ。もちろん、その逆も、ね。そして『その逆』の代表が、今の灯里ちゃんとトレニアちゃんじゃないかしら!」
いつの間にかにしめられたまるい天窓からは、しばらく聞こえていなかった気がする二人の笑い声が、今はアリシアの言葉どおりに楽しげに響いている。
「ねぇ、穏さん」
うしろを見上げていた穏の耳を、アリシアの声が心地よくくすぐれば、少し湿ったネオ・ヴェネツィアの海風が、まるで吐息を吹きかけられたような錯覚を感じさせ、彼の胸を少しだけドキリとさせた。
「私、真剣に聞くから……」
そう言ったアリシアの表情は、いつもの微笑みの中にも、言葉どおりの真剣なまなざしがしっかりと見てとれる。
そんな彼女の視線が恥ずかしかったのかどうかは分からないが、アドリアの水面に視線を落とした穏は、少し控え目に「ふふっ」と笑ってこうつぶやいていた。
「(……こんな風に言ってもらえてるのに今話さなかったら……俺は、これから先ずっと……誰にも自分のことを話せないじゃないですか……)」
そして、穏の、アリシアとは反対側の手が、彼の頬へとすっと伸びた。
その人指し指は頬を少しだけ通りすぎていたのだが、アリシアにはいつもの頬を掻くしぐさに見えて、彼女が彼の青い左目からこぼれるひとしずくに気づくことはなかったのである。
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