青い瞳のレクイエム#09.1『その 青が映すものは…(7)』
ARIAの二次創作小説(続き物)です。
主人公はオリジナルキャラクターですので、その点をご留意くださいませ。
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カチ……カチ……カチ……。
等間隔に鳴り続ける無機質な音が、静かに時を刻んでゆく。
時刻はもうすぐ丑三つ時かというところ。
ARIAカンパニーの客間には、向かいあってテーブルに座る穏とアリシアの姿があった。
灯里の部屋は階段を上がってすぐのところだ。彼女の部屋には扉もない。だから、上の二人が起きていれば階段も明るいはずなのだが、今は真っ暗だ。
トレニアは穏に付き合ってずっと歩きづめだったし、灯里もここしばらくは寝不足だったようだから、きっと、二人はぐっすりと夢の中だろう。……いや、階段が暗くても、明かりを消しているだけで、一つのベッドに肩を並べた二人は、まるい天窓から覗く星空を眺めつつ小声でおしゃべりでもしているのかもしれない。そんな風にも思えてくるほど、つい先ほどまでは、この二階も二人をまじえてとても楽しく賑わっていた。
アリシア宅から足りない分の寝具一式を四人で運び、そのあとには、灯里&トレニア組にアリシア&アリア社長組と、二度に分けてお風呂タイムが催された。ARIAカンパニーの浴室は意外と広く、三人と一匹が同時に入るのに十分なスペースがあるのだが、それでも入浴を二組に分けたのは、ただ一人の男である穏を独りきりにしないというアリシアの気遣いだろう。そして、それぞれの組が入浴を済ませれば、アリシアの淹れたお茶で就寝前のティータイムが始まり、四人と一匹で他愛のないトークショーとなったのである。
そんな風にして賑わった二階のこのテーブルも、今は穏とアリシアの二人しかいない。
ここ数日の間はずっと寝不足だった灯里が、すっかりリラックスした様子で大きなあくびをしたものだから、嬉しそうに微笑んだアリシアに促されるまま灯里とトレニアは席を立ち、おやすみの挨拶を笑顔で交わして、二人は名残惜しそうにしつつも灯里の部屋へと上がっていった。アリア社長も、灯里のところで寝るのが習慣なようで、上がる二人についていったから、今、このテーブルを囲むのは穏とアリシアの二人だけ。灯里とトレニアの残していったティーカップが、なんともこの場に訪れた静けさに拍車をかけているようにすら感じられた。
二階の穏とアリシアには、カチカチと時計が刻む音と、時折、自分たちがティーカップをソーサーに置いたときの、真夏に聞けば涼しく感じそうなカチャリという音ぐらいしか聞こえてこない。数日前に――なにかが見える――と大騒動していたなどとはまったく思えないほどにとても静かで、いたって穏やかな丑三つ時である。
それにしても、テーブルに座って向かいあうこの二人。灯里とトレニアとアリア社長がいなくなってからは、どういうわけだか言葉が少ない。
穏はといえば、どこか落ち着かなさそうにティーカップの水面を見つめたり、どこを見るでもなく視線を泳がせたりしている。アリシアはアリシアで、時折目があった彼ににこりと笑みを投げかけては、そのたびになにかを話そうとするのだが、実際に話をきり出すまでにはいたっていなかった。
上の二人がいたときからは想像がつかないほどに、今のこのテーブルは、なんともいえない無言の気まずさで支配されているのである。
しかし、それも仕方がないことだった。
というのも、食事のあとの桟路での話が、タイミング悪くトレニアと灯里に声をかけられたせいで、どうにも中途半端なところで途切れていたのである。
声をかけられた、というのは少々違うかもしれない。
桟路の二人がシリアスな話をしているらしいことは、灯里が二人の話を聞いていたからトレニアも当然分かっていた。けれども、灯里とトレニアは「食事が終わってしばらくしたら、お布団取りにいくのを手伝ってもらえるかしら」と、笑みをたたえたアリシアにそうお願いもされていた。灯里の部屋でほどよく食後の休憩をし、桟路の二人に呼ばれるのを待っていたのだが、なかなか終わらない下の会話になにやら業を煮やした様子のトレニアが、呼ばれるまで待とうという灯里を振り切って上から二階へと駆け下りたものだから、穏とアリシアが下りてくる上の二人に気づかないはずがない。
そういうわけで、穏とアリシアの会話は、穏が重要なことを話し始める直前で腰が折れることになったのだった。
穏としては、アリシアがかけてくれた言葉に感極まったあまり目から水滴までこぼしていたものだから、話が中断してしまった今となっては、むしろその感動の涙にばつの悪さを感じてしまうらしく、どうにも彼女の顔を直視できない様子である。アリシアの方はといえば、いつもと変わらない微笑みをずっとたたえているのだが、彼が「ちょっと外を回ってきます」と言って数分ほど席をはずしたときなどは、手に取ったティーカップの水面をなにやらもの思いにふけるような目で見つめているから、笑顔の奥の内心では、途切れたままの彼の話についてあれこれと考えをめぐらせているに違いない。
そして今また、穏が外を見てくると言って席を立った。
ついていくと言うアリシアに、穏は「すぐ戻りますから」と笑ってみせ、アリシアは「それじゃあ温かいお茶を淹れてるわね」と、にこりと微笑んで、彼の肩にお手製のストールをかける。そして、穏はなぜかしら照れ笑いを浮かべると、いつものように頬を掻きながら外へと出ていき、アリシアも微笑みのうちに彼の背中を見送ったのだった。
アリシアは、すっとテーブルに目を落とした。
そこには、ほんの少しだけオレンジ色の液体が残る穏のティーカップがある。
「……うふふ♪」
ほとんどカラになった彼のカップを手にとって、アリシアは嬉しそうにその目を細めた。
穏は、お茶を淹れれば、オレンジ色の液体で満たされたティーカップをとても嬉しそうに受けとってくれた。彼は、純白のカップに口をつけ、オレンジ色をひとくち含んで味わうようにのどを通せば、笑顔で「おいしい」と言ってくれるのである。
それはもちろん、ただの社交辞令なのかもしれない。
それでも、料理にしろ、お茶にしろ、振る舞った相手に褒めてもらえることは、なんど経験しても色あせないとても嬉しいことなのである。普段から灯里にはこの幸せを与えてもらっていたのだが、今日のように、灯里や、彼女と自分の友人以外からこの素敵な気持ちを与えてもらえることなどめったにないものだから、今はお茶のおかわりを淹れるのに胸が躍るほどである。それこそ、トレニアも同じように喜んでくれるから、上の二人が眠ってしまったことが残念に思えるのだが、
(明日はみんなに特製のお茶を淹れた水筒をつくってあげようかしら! 穏さんは少し寝不足になるかもしれないし、濃い目のコーヒーがいいかも!)
などと考えをめぐらせてアリシアは微笑んで、今は見回りに出た穏が帰ってくる前に熱いお茶を淹れなおしておこうと、穏の喜んでくれる顔を想像しながら彼のカップを手にとって……。
「あの、アリシアさん」
「えっ!?」
突然に呼びかけられて声を裏返したアリシアは、目をまるくして声のした方へと顔を上げたのだった。
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