青い瞳のレクイエム#09.3『その 青が映すものは…(9)』
ARIAの二次創作小説(続き物)です。
主人公はオリジナルキャラクターですので、その点をご留意くださいませ。
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テーブルで向かい合ったアリシアとトレニアは、かわりばんこにカップを口へと運びながら、その合間合間にふたことみことと言葉を投げ合って……。
「アリシアさんは、穏さんのこと……好き……ですか?」
――ごほっ!!
たいした前振りもなくそんな質問をぶつけられたものだから、今にもお茶をのどに落とさんとしていたアリシアは、カップに口をつけたまま盛大にむせた。
アリシアは、普段はコンタクトらしい。入浴を済ませたあとはずっと眼鏡をかけていて、咳き込んだ拍子に乳白色の飛沫でそのレンズが汚れてしまったのだが、トレニアの質問に驚くあまり目を白黒させる今のアリシアには、そんなことは気にも留まらない。
「ど、どうしたの!!? 急にそんなことを……」
たったいま「しーーっ」と口に指をあてたばかりのアリシアの方が先に大きな声をあげる。その慌てようときたら、仕事中だけでなく日常の立ち振る舞いからエレガントさを身にまとう彼女からは想像もつかないほどだ。
そんなアリシアを前に、質問をしたトレニアはといえば、慌てる彼女をまるで観察するように見つめている。そうして、見つめる先の白磁色の頬が朱を帯びたのを上目で確認すると、静かに手もとの白磁へと視線を落とした。
カップを手にとって口へと運び、ひとくちのお茶でのどを潤す。そのトレニアの動きに釣られるようにして、アリシアもお茶でくちびるを潤した。
そして……。
「あの……できたらでいいんですけど、もしも、穏さんのこと、少しでも気に入ってくださっているのなら、そのまま嫌いにならないであげてくれませんか……?」
「……えっ……?」
アリシアがきょとんとなった。
おもむろに口をひらいたトレニアから飛び出した言葉は、不意にぶつけられた『好き』などという単語のせいで次から次にわいて出ていた考えとはまったく正反対の内容だったのである。
彼のことを嫌いにならないでほしい――そう言ったトレニアの顔は、夕方、穏が入浴していたとき、彼が海に落ちたことについて『からかった自分のせい』とひた謝りしていた表情と同じくらいに真剣そのものだ。
もちろん、客人である彼の災難については、アリシアは、当然のことながらすべて自分の失態だと考えていた。どんなことがあっても、つないだ手を自分が離しさえしなければ、彼が海に落ちることもなかったのだ。だから、トレニアが気に病むことはなにもないのであるが……。しかし、トレニアのこの真剣な表情――アリシアには、そのときといい、いまといい、なにか彼女なりの考えがあってのことにも感じられて……。
ふと、アリシアは、なにか考えがよぎったように眉を上げて小麦色の顔を覗き込む。
「もしかして……。穏さんの目のこと、気にしているの?」
「……はい。布団を取りに行くまえに、穏さんが自分の目のことを話していたんですよね?」
どうやらアリシアの想像どおりのようだ。
「ええ、そうね。穏さんから青い左目のお話を聞いていたわ」
「……ですよね」
トレニアがもう一度カップの端をくちびるではむ。
「……そのあとから、穏さんもアリシアさんもすごくぎこちなかったし、会話も少なかったし、穏さんなんか、ずっとアリシアさんから目をそらしているし……」
「トレニアちゃん……」
「穏さんは、確かに、あんな普通じゃない目をしていて、ときどき気味悪がられるようなことも言いますけど、私の無理なわがままだって聞いてくれる本当に優しい人なんです。……だから、好きになってとまでは言いません。でも、嫌いにだけはならないであげてほしいんです!」
トレニアは必死の形相でそう訴えるのだが……。
「ち、ちょっと待ってトレニアちゃん! 私、詳しい話はまだなにも聞かされていないのよ……?」
穏の話は、核心に迫るちょうど手前で途切れてていたものだから、トレニアの必死の訴えもアリシアにはなにがなにやら分からない。
「あ、あれ……?」
きょとんとする金髪褐色娘。
そしてすぐに手が口へとのびた。
「あっ……!」
なにか思いついたらしく、しまったとばかりに手で口を覆うと、どうにも困った様子で、特になにを見るわけでもなく、窓の外へフラフラと視線を泳がせたのである。
「もしかして、私……あのときの話、途中で終わらせちゃってました……?」
トレニアの口角が引きつる!
桟路での穏とアリシアの話は、屋根裏の二人がバタバタと階段を下りる音がしたところで、すでに中断していた。穏が『話したかったこと』を話そうとしたちょうどそのときのことである。けれども、トレニアにはその成り行きを知る由もないから、自分たちが桟路に出て、社屋の陰で様子をうかがっていた自分たちにアリシアが気づくまでは話は続いていたと思っていたに違いない。
トレニアも、アリシアに見つけられた瞬間は、さすがに、話を途中で終わらせてしまったかとも思っていた。しかし、穏の目の事情を知っている彼女には、瞳を潤ませた穏の様子を見れば、話すべきことをすべて話したうえで、アリシアと仲をたがえてしまうようなやりとりがあったに違いないと思えてしまったわけで……。それからあとの穏とアリシアも、妙によそよそしいというか――よそよそしいのは今日出会ってのいまだから仕方がないにしても――どうにもそれまでとは様子が違っていたものだから、てっきり、アリシアは穏の目にまつわる身の上話をすっかり知らされていて、その上での二人の態度だと思い込んでいたのである。
引きつった口で苦笑するトレニアに、アリシアも困ったように苦笑いをもらした。
「うーん……穏さんのことを教えてもらうのがちょっぴり先にのびただけよ」
アリシアはそう言って微笑んでみせるが、
(うわぁ……やっぱり邪魔してたんじゃない……しまったなぁ……)
彼女のフォローはフォローにならず、慰めるどころか、トレニアの肩を余計に落とさせてしまった。
そんな様子に、アリシアが慌てて椅子をける。
「そ、そんなに気にしないで……! トレニアちゃんだって穏さんのこと知ってるみたいだし、これからいくらでも教えてもらえる機会はあるわ!」
その言葉に、ふっと顔を上げるトレニア。
「……そう、ですね……。すべてかは分かりませんけど、私、穏さんの目の事情、知ってるんでした」
トレニアの顔を覗き込んでいたアリシアと、なにかスイッチが入ったような表情のトレニア。二人は目と目を合わせて、時計が時を刻む音を五回ほど聞いていたかもしれない。
「あの……!」
そう、思い切ったように口をひらいたトレニアに、アリシアはにこりと微笑んだ。その笑顔は、まるでこれからトレニアが話すことを分かっているような、そんな表情である。
「穏さんの目のこと、灯里にもちょっとだけ話したんですけど……。穏さんもアリシアさんに話すつもりだったみたいだし、その話をさえぎったのは私だし……。私が代わりにお話します」
「ええ、お願いしてもいいかしら。私も気になっていたんだけど、ちょっときり出しにくくって……」
「……でも」
トレニアが急に言葉を濁して、アリシアが首をかしげてみせる。
「本当なら穏さんが話すべきことだと思うので、詳しくは、本人から直接聞いてもらうということで……」
アリシアは少しだけ目をまるくしたのだが、すぐにその表情を微笑みに変える。
「分かったわ。トレニアちゃんが大丈夫と思える範囲でかまわないから、お願いしてもいい?」
トレニアはコクリとうなづいた。
アリシアも、落ち着いたようにふたたび椅子に腰かける。
そして、レンズで固まりつつあったお茶の飛沫をやっとぬぐい始めたのだった。
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