青い瞳のレクイエム#10.2『丑三つの思い(2)』
ARIAの二次創作小説(続き物)です。
主人公はオリジナルキャラクターですので、その点をご留意くださいませ。
――*――――*――――*――――*――――*――――*――――*――
「あらあら、サン・マルコ広場まで行ってきたの?」
「ええ。そこの通りがすごくいい雰囲気で、ちょっと散歩してきてしまいました」
確かに、ARIAカンパニーの辺りから始まり、ネオ・アドリア海沿いをサン・マルコ広場まで走るネオ・スキアヴォーニ河岸通りは、こんな遅い時間でも街灯が煌々としており、さざ波の音をしみ込ませながら、深いオレンジ色に淡く照らし出される石畳が緩やかなカーブを描いて続くその数百メートルは、通り沿いに建てられた歴史を感じさせる建造物ともあいまって、なんとも言い難い雰囲気を醸し出しているのである。それは、この街の住人にはありふれた当たり前の姿なのかもしれない。けれども、今日来たばかりの彼の目には、フラフラと足を引っ張られてしまうほどに心惹かれる、風情あふれる光景に映ったに違いなかった。
遅くなってごめんなさい……。そう言って申し訳なさそうに頬を掻くエクソシスト様の見慣れたしぐさに、アリシアはホッとしたような笑みをもらして、そっと、彼の肩のストールに手をかけた。
上着を脱がせるように肩のものを受け取って、ひとつ、ふたつと折りたたむ。そして、たたんだストールをとりあえずのところで腕にかけたのだが、
「……あったかいわ♪」
そう、幸せそうに目じりを下げると、恥ずかしげもなくストールを腕ごと頬にあてがったものだから、その温もりの主の恥ずかしさときたら……。
「な、なにやってるんですか……」
穏は、真っ赤になった顔を隠すかのようにアリシアを回れ右させ背を押して、後ろ手に戸を閉める。しかし、そうする間も、アリシアは楽しそうな頬ずりをやめない。だから、
「もう……没収!」
「あらあら、うふふ♪」
たまりかねた穏が、彼女の手からストールを奪い取った!
ところが……。
「(……あったかい)」
奪い取った毛糸の布地からほんのり伝わってくる温もりについついもれ出たそんなため息を、新しい温もりの主はしっかりと聞いている! アリシアは、悪戯っぽい笑みを満面に浮かべ、くるりと軽やかに振り返って――
「うふふ♪ ねっ、温かいでしょ?」
今の今まで穏が使っていたのだから、今の温もりがどちらのものかなど分かるはずもないのだが……。しかし、まるで「私の」と主張するように、楽しげにアリシアが覗き込んでくるものだから、穏は、半ば押し付けるようにストールを突っ返すと、そそくさと、部屋の奥へと逃げ出したのだった。
……さて、恥じらい顔の青年がどんなに逃げようとも、逃げた先は室内なのだから逃げきれるはずもない。もちろん、彼も本当に逃げようなどと思っているわけではないから、自然な流れで、彼の腰はふたたびもとのテーブルへと落ち着いた。
夕飯も囲んだそのテーブルには、四脚の椅子がある。夕飯のときは、穏の正面がアリシア、彼の隣がトレニア、アリシアの隣が灯里で、先ほどまで彼を温めていたストールは、二つ折りにたたまれて灯里の椅子の背もたれだ。穏は、そのストールを少し疲れたように頬杖をついて眺めていて、そして、アリシアはといえば……。
「はい、お待たせ!」
そんな声とともに――カチャリ――と涼しい音がすると、ぼんやりとしていた穏の鼻腔を、ミルクの甘さがまじる紅茶の香りがくすぐった。
「あ、どうも」
小さく会釈した彼に微笑みを返すと、アリシアも自分の席へと腰を落ち着けたのである。
「今日は本当にお世話になりました」
「いえいえ、俺はまだそんな……。アリシアさんこそ、今日は昼間も忙しかったようですし、俺なんかよりもよっぽどお疲れなんじゃないですか……?」
そう聞かれると、アリシアはまぶたを閉じて、ゆっくりと二度、首を横に振ってみせた。
「疲れるだなんて……むしろその逆! 灯里ちゃんはすごく元気になってくれたし、さっきだってちょっと上にいたんだけど、トレニアちゃんと一緒にぐっすりなのよ? 幸せそうな二人の寝顔を見てたら、たとえ疲れていても、そんなのどこかに吹き飛んじゃうわ!」
アリシアの笑顔は、天まで突き抜けんばかりに明るい。
「……そうですか。そう言ってもらえると、俺もトレニアも来た甲斐がありますよ」
そう言って口もとを緩めたエクソシストに、アリシアは自分のカップに手を伸ばして彼にお茶を勧め、二人は笑顔を交わしあいながら、一緒に、カップに口をつけたのだった。
穏は、まるで暖を求めるように、熱いミルクティーを少しずつからだの芯へと流し込んでゆく。
そんな彼を上目にうかがいながら、
「ところで、ね」
先にカップを置いたアリシアがおもむろに話を切り出した。
「はい?」
ちらりと上目にそう返事を返した穏は、もう一口、とカップを口に運ぶ。
そして……。
「穏さんは、トレニアちゃんのこと……好き……?」
――ごほっ!!
たいした前振りもなくそんな質問をぶつけられたものだから、いまにもお茶を胃袋に落とさんとしていた穏は、カップに口をつけたまま盛大にむせた。
「ななな、なんなんですか!!? いきなり変なこと聞いて……」
彼の眼鏡には、むせた拍子に乳白色の飛沫が飛び散って、まるでミニチュアサイズの手乗り猫が濡れた足で散歩でもしたかのようだ。そして、そんな風についさっきの自分と同じような反応を返してくれた穏がおかしくてたまらなかったのだろう。アリシアは、ナプキンを片手に彼の顔へと伸ばしつつも、もう片方の手を口にあて、「うふふっ!」とおかしそうに噴き出している。
「冗談よ、穏さん、うふふっ! でも、二人はすごく仲が良いって思ったのは本当! だって……」
「だって……?」
「だって、穏さんがいない間、ここにトレニアちゃんが来たの。それ、どうしてだと思う?」
「……さぁ」
「トレニアちゃんね、あの時から私と穏さんが気まずそうにみえてたって、そのことをずっと気にかけてくれていたのよ」
「……あぁ」
ふと、穏も、ついさっきまで感じていたアリシアへの「やりづらさ」をいつの間にかすっかり忘れていたことに気がついて、困ったように頬へと指を伸ばした。
「……で、どうもそれだけじゃなさそうですが……」
アリシアの顔色をうかがいながら、穏はふたたびカップを口に運んだ。
「ええ。私たちのあの時の話、途切れさせたのは私のせいってだって言って……」
「……それじゃあ」
彼のカップが、そっと、ソーサーに下ろされた。
「ええ。穏さんのその『青』が映すもののこと――」
そう言うと、アリシアはティーカップを片手に、青い左目のエクソシストににこりと微笑みかけたのだった。
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