青い瞳のレクイエム#10.3『丑三つの思い(3)』
ARIAの二次創作小説(続き物)です。
主人公はオリジナルキャラクターですので、その点をご留意くださいませ。
――*――――*――――*――――*――――*――――*――――*――
テーブルに差し出された、一枚の写真。
純白の祭服をまとう青年と、純白の毛をまとう猫が写った、一枚の写真。
青と黒、左右で互い違いの瞳を輝かせ、見る者を魅了する摩訶不思議な一人と一匹――
「おっどろいたぁ……。これ、トレニアが?」
意外なものでも見せられたかのような驚嘆のため息である。
穏は、半ば笑いながら写真を手に取ると、食い入るように昔の自分の姿を見つめ始める。そのまなざしはどこか懐かしげでもあって、卒業アルバムでも久しぶりに見つけたときのようだ。
「ええ。穏さんが猫の話をしていた理由は、これを見るのが一番だって言って」
「ふふ! 確かに……」
長方形の印画紙に切り取られた世界の中、余所行きのまなざしで気どる青年と白猫。そんな一人と一匹のまなざしに同じ色の視線を重ねて、なにかしら思い出したのだろうか――穏はおかしそうに鼻を鳴らしていた。
「抱いてるその猫が、さっきの話の『拾った仔猫』よね?」
「そうですよ。ほんとに品がいいでしょ?」
「ええ、本当にそうね!」
アリシアの声が軽やかに弾む。青い瞳も興味津々に輝いていて、写真を一緒に見ようと彼の隣に移る間も、小走りでいそいそと楽しそうだ。
穏の隣に腰掛けたアリシアは、彼の肩口からひょいと写真を覗き込んだ。
……彼女は二度ほど瞬きすると、
「素敵ね…………」
深呼吸するような深いため息――
そんな恍惚とした妖精(ウンディーネ)の横顔を、驚いたように眉を上げた穏が横目にうかがっている。
「素敵……ですか?」
「ええ、だって……」
見て……! そう言わんばかりに、彼がつまんでいる写真に白い指がそっと添えられた。
「飼い主と飼い猫の目の色がそっくり同じということはままあると思うけれど――」
うふふっ! こぼれる笑みでアリシアは目を細める。
「穏さんたちは、二人して青と黒のオッドアイ。しかも、逆の目同士で同じ色だから、向かい合えばまさに『鏡写し』ね! ……そう――」
そこまで言うと、アリシアの小さな鼻からスゥと息を吸い込む音がして……。
「まるで、血を分け合った親子か兄弟のようよ……!」
彼が思いもしていないような感嘆の言葉が、深い吐息に絡みつつもれ出たのである。
「『血を分け合った』ですか……」
「……ええ。もちろん、血を分け合うなんて言葉のあやだけど、でも――」
写真を見つめ込んでいたアリシアが、ゆっくりと、生(なま)の穏の顔を覗き込む。その視線の先では、異性に見つめられたからか、虹彩異色の瞳が困惑するようにおよいでいた。
アリシアはにこりと微笑む。微笑みに気づいた青年の頬が赤らむ。
そんな彼の反応に、アリシアがまた「うふふっ」と笑みをこぼして、困り顔のエクソシストに、そっと、ささやきかけた。
「でもね、血を分けていなくても、穏さんのその青色には『感謝の気持ち』がいっぱい詰まっているんじゃないかって、私はそう思うの。……優しい男の子に拾われた小さな仔猫の、ねっ! だから、穏さんとその猫は、血の繋がりを超えた強い『なにか』で結ばれているんだって、そう思えてくる――」
それだけじゃないわ……!
「きっと、穏さんの『青』に映るのは、拾った仔猫――あなたの胸に抱かれたこの白猫の住む景色と同じ世界……。それは、私や灯里ちゃんの友達には見えない世界で……そしてきっと、『あの二人』が見ている世界と一緒なんだと思う……」
ふと、アリシアのまぶたが伏せて……しかしすぐに上がる。
「桟路での穏さんの話に、トレニアちゃんが話してくれたことをまぜ合わせて考えたら、穏さんの目の『青』はそういうことなんじゃないかって、私、思ったの。……そしてきっと、穏さんの青い瞳は、小さな仔猫から心優しい穏さんへの――素敵な贈りもの――に違いないって……!」
そう言って微笑んだアリシアが、すっと腰を上げた。そして、釣られて見上げる穏にそっと手を差し出す。
まるでゴンドラにエスコートするときのような彼女のそのしぐさに釣られ、思わず手を差し出した穏は、引き上げられるようにして椅子に預けていた腰を上げたのだった。
きらめく星明かりが、まるい天窓から室内へと注ぎ込む。
そのきらめきは天窓を見上げるベッドを優しく照らし、まるで、一枚の毛布に身を寄せあって眠る二人、夢見る灯里とトレニアの舞台照明のようである。
そんな暗い部屋の中、二人と同じ星明かりの照明に照らし出される二つの影――
穏の手を引いたアリシアが向かったのは、少女たちが寝息を奏でるこの屋根裏部屋だった。
ベッドの端に、二人を起こさないよう静かに腰を下ろしたアリシアは、とても満足げな表情で、絡むようにして眠る少女たちの横顔を見つめている。愛弟子と、その愛弟子の新しい友達となってくれた客人の安らかな寝顔である。そんなアリシアのそばで天窓を見上げた穏は、どこか落ち着かなさそうな様子で、虹彩異色の瞳を天窓の向こうにおよがせていた。
……彼が落ち着かないのも無理はない。屋根裏ということもあってだいぶ質素ではあるのだが、ここはARIAカンパニーに勤めるうら若いウンディーネのプライベートルームなのである。入浴を済ませたときには、そんなことなど気にも留めていなかった彼だが、今はまさにその『うら若いウンディーネ』もいらっしゃる……。灯里の部屋なのだから、部屋主の彼女自身がいることに何の問題もないのであるが……しかし、決して厚手ではないパジャマに身を包み、ベッドに横たわって無防備な寝姿を手の届くところに晒されているのだ。若き青年男子にしてみれば、この状況を意識するなという方が少々無理のあることだろう。
「(ねぇ、穏さん)」
不意に、穏の耳を、そよ風のようなアリシアの声がくすぐった。
まるく切り取られた星の海を遊泳中だった穏の視線が、彼女の呼び声にストンと落ちる。不意に少女二人組の姿が視界に飛び込んできてすぐさま顔をそらそうとするが、穏を呼んだアリシアはといえば、彼の方を向くでもなく、灯里とトレニアにからだを傾けていて、
「(うふふ……!)」
どこか嬉しそうな様子で、二人の寝顔を覗き込んでいた。
「(見て、穏さん……)」
それようとした穏の視線がアリシアで留まる。アリシアの方はベッドの少女たちを見つめたままなのだが、まるで彼の視線が自分に留まったのを感じたように、見守られる中、手をそっと二人へ伸ばしたのである。
トレニアの頬にかかった髪を肌に触れないよう慎重につまんで払い、その金髪少女の頭を抱きっぱなしの灯里の頬をツンとつついて、
「(うふふ……!)」
また、笑みがあふれ出す。
今度は少し楽しそうでもあって、
「(触ると起こしちゃいますよ?)」
穏が、アリシアの笑顔に苦笑いの顔を並べた。
「(そうね、起こしたら可哀想)」
少しだけ名残惜しそうに手を引くアリシア。
それでも、グッスリと眠る愛弟子の様子が嬉しくてたまらないのだろう。星明りに照らされる灯里の横顔を細めた目でじっと見つめ――
彼女の肩が、呼吸で五回ほど上下しただろうか……。
納得したように小さくうなづいたアリシアは、そばで肩を並べる青年へ振り向いた。
「(ねえ、穏さん)」
「(なんですか?)」
「(…………)」
どういう訳か、沈黙が続く。黙したアリシアの瞳は、優しげな表情の中にも、何かを探っているようでもあって……穏は思わず目をそらそうとした。
が……。
「(……あのね)」
アリシアがささやいて、それた視線をすぐに引き戻した。
「(……なんですか?)」
素敵な微笑みが穏の目に飛び込んでくる。まるで「こちらを見ていて」そう訴えているようにすらみえる。だから、じっと見つめるウンディーネの瞳を、穏も目をそらさず見つめ返すしかなかない。
そうして、長く感じる沈黙のあと、アリシアがおもむろに口を開いた。
「(……静かで、穏やかで……いい夜ね)」
目をまるくする穏。
沈黙の間、どんな話が始まるのかアレコレ考えていた妄想とはまったくかけ離れた言葉が飛び出したからだ。
「(……ええ、そうですね)」
「(…………)」
「(…………??)」
「(この部屋、どう?)」
「(えっ?)」
「(この部屋ね、今は灯里ちゃんが使っているけれど、昔は私が使っていたの)」
「(あぁ、そうなんですか)」
「(ええ。だから、穏さんにはどう見えるかなって思って。質素だけど、いい雰囲気出しているでしょ……?)」
そういう話か。穏は、合点がいったような面持ちで腰を伸ばした。そして、「(んーー……)」と小さく鼻を鳴らしながら、灯里の部屋にぐるりと視線を巡らせた。
ベッドから右へ、三段ほどの小さなタンス。続く木の壁には、木のドアが二つ。左は何の部屋だろうか。右が浴室と洗面所、それにトイレなのは間違いない。さらに右に首を振れば、階下を見下ろせる吹き抜けがある。胸ほどの高さの手すりを伝い、浴室の反対側に進めば階段だ。下り口の近くには小さな小物棚が置かれ、部屋の大半を占めるベッドに寄り添っていた。
そして、見上げる。
ベッドの上には大小の天窓が一つずつ縦に並んでいる。この特徴的なレンズ窓こそが、トレニアの住む孤児院以上に質素なこの屋根裏部屋に、独特の趣深さを加味しているといっても過言ではない。おそらく換気用と思われるそのレンズ窓は、もちろん虫眼鏡のように集光するというわけではないのだが、外に突出しているおかげで外部の明かりを反射させ、意外なほどにキラキラと美しい。その輝きには遠い星の煌きも含まれているわけで、室内に小さなプラネタリウムがあるような、そんな素敵な錯覚さえ感じさせるのである。
そんな天窓を見上げ、感嘆のため息をもらした穏が、ひとつうなづいてアリシアに向き直った。
「(本当にいい部屋ですね……! なんというか……言葉にするのがもったいないくらいです!)」
彼の感想に、アリシアは嬉しそうに微笑んだ。同意の返事そのものである。
そして……。
「(……もう、私たちも休まない?)」
不意の提案――
「(えっ? いいんですか? アリシアさんはともかく、俺は灯里さんのこともあるし、起きていた方が……)」
穏は眉を上げたのだが、すっとまぶたを下ろしたアリシアの前髪は左右に小さく揺れている。そして、まぶたを上げたアリシアは、虹彩異色の瞳にニコリと微笑みかけるのである。
「(もう少ししたら夜が明け始める時間だし、今日はもう大丈夫なんじゃないかって思うの)」
それに……。重なる二つの青と一つの青――
「(……それにね! 穏さんが見てる世界と、私の見てる世界……その二つが今は『一緒』なんだって分かったから……私、すごく眠たくなっちゃった)」
#10.2『丑三つの思い(2)』≪≪
≫≫#11.1『二つの思い(1)』
| 固定リンク




