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青い瞳のレクイエム#11.1『二つの思い(1)』

ARIAの二次創作小説(続き物)です。
主人公はオリジナルキャラクターですので、その点をご留意くださいませ。

――*――――*――――*――――*――――*――――*――――*――

 カチ……

 カチ……

 カチ……


 規則的に時を刻む時計の音――
 オレンジ色の常夜灯が照らすだけの薄暗い客間――

 そして、客間の中ほどに敷かれた布団には、まるで波間を漂うゴンドラのように体を横たえた穏が浮かんでいた。

 彼のすぐ隣、並べられたもう一組の布団にはアリシアの姿もある。
 ふと、天井を見つめていた穏の瞳が、チラリ――
 もうかなりいい時間であるから、朝の早いらしいアリシアが無事に眠れているか気になったのだろう。
 ……しかし、常夜灯の淡い光だけでは、彼女のまぶたが閉じているのかどうかまでは判らない。ただ、「スゥ……スゥ……」と穏やかな呼吸の音は聞こえてくるから、
(俺が隣にいて、安眠妨害になってないならいいんだけど)
 穏の口元にホッとしたような笑みが浮かぶ。そして、彼の瞳はまた、暗い天井へと静かに流れていった。


 カチ……

 カチ……

 カチ……


 ふと、無機質な機械の音に、小さなため息の音が混じり合った。
 鼻から抜くように「ふぅ~~…」と吹き出されたそのため息は、変わらない間隔で響き続ける時計の音と絡み合い、どこに続くとも知れない暗い空間へと吸い込まれていく。
 吐息の主が両腕をゴソリと動かす。そうして、組んだ腕を枕にすると、
(俺とアリシアさんの見ている世界が一緒、か……)
 そう、反芻(はんすう)するように脳裏でひとりごちて、まぶたをゆっくりと閉じ……もう一つ、深いため息を押し出したのだった。

 アリシアさんは、どうしてこんなにも優しいのだろう……。

 閉じたまぶたの裏側では、そんなテロップが流れては消えていた。
(俺はまだ何も……自分の口からアリシアさんに伝えられていない。……なのに、アリシアさんはいろいろとおもんばかってくれて……。しかも、俺を本気で信頼してくれている……)
 その言葉のとおりで、穏はまだ、夕食前に説明すると言ったエクソシストの仕事のことも、桟路で相談に乗ってもらおうとした虹彩異色の目のことも、そのどちらもアリシアに伝えられていない。それなのに、彼から満足いく説明をされていないはずなのに、まるでその彼への信頼をアピールするかのような、さきほどの彼女の言葉……。
 ――穏さんが見てる世界と、私の見てる世界……その二つが今は『一緒』なんだって分かったから――
 穏の下唇が、歯と歯の間でギッと悲鳴を上げる。
 いまさらながら思い出される、気まずかったあの時のこと。あの時の気まずさは、すべて自分が悪いのだと思えた。いや、すべて自分が悪かった。トレニアに話の腰を折られたなど、何の言い訳にもならない。桟路でアリシアがあれほど気をかけ優しくしてくれたのである。話が途中で途切れていたぐらいで、いったい何をためらう必要があっただろうか……。
 トレニアにあの写真を見せられるまであれこれ訊いてこなかったことも、その写真を前にしてとても楽しげに語ってみせたことも……すべては麗しきウンディーネの優しい心遣いだったに違いない。
 それに――
(そんな俺の、この目のことに一言も触れないで、あんな自然に灯里さんの部屋を……影が来たというあの部屋の確認をせてくれた……)
 自分が話そうとしていた目のことに、アリシアさんは半ば気がついているはずなのに……。
 そのアリシアさん自身はすぐにでも、灯里さんの状況を知りたかったはずなのに……。
 それなのに、夕方まで赤の他人だった自分への、この心遣い……。
 エクソシストという立場であり、アリシアからの依頼を受けたのは彼である。だから、その仕事内容について話すのは請け負った彼の義務であるし、当然、彼もアリシアには最初から話す予定でいた。それに、虹彩異色という明らかに特異で目立つ目を持つことも、紛れもない事実。だから、その目の『身の上』も、仕事のことを話すにあたって、併せるというかたちできちんと話すつもりだった。それが桟路でのことである。そして、そのことを話すのは、虹彩異色という普通ではない目を持つことになった身の上話をして不思議がらせたり同情をかいたいから――というわけでは決してなかった。青いその左目がまさにエクソシストの仕事に役立つのであり、現在(いま)の水谷原穏(じぶん)をつくっていると言っても過言ではない、深い訳があったからなのである。
 ……しかし、それを話してしまうことは、穏がもっともためらわれることでもあった。なぜなら、
(ああもう……。信じる信じないはともかく、会ったばかりの人間に「俺はアナタに見えないナニカの姿が見えます」なんて言われて、どこの誰が両手を振って大喜びするってんだよ……)
 ……どこの誰も、そんなことを唐突に告げられて喜ぶはずがない。
 少なくとも、今までがそうだった。
 学校でも、校外でも、彼の青い左目に吸い寄せられるようにして集まった人たちは、彼がその目のことを打ち明ければ、そのほとんどが引く波のように彼のそばから離れていった。彼を受け入れてくれた人といえば数少なく、同年代の者と比べれば人一倍の孤独感や疎外感を感じるほどに、彼の近くに人が留まることはなかったのである。
 もちろん、そんな風に敬遠されてしまうようなことを一言一句もらさず伝える必要などないから、アリシアにも当たり障りのない言葉を選んで、依頼のこれからについて説明するつもりだった。
 そう……最初は確実にそう思っていた。
 こんなにもきれいで、こんなにも優しい異性なのだから、「変な目で見られたくない」だとか「嫌われたくない」だとか、そんな感情がはたらいて当然だった。
 しかし……。
 どういう訳か、桟路での彼は、あまり話したくないはずの目の話題について、自分の方から触れていた。そして、期せずしてそれを聞かされたアリシアは、しかし彼を避けようとはせず、その虹彩異色の黒と青の瞳を優しく見据えて、「真剣に聞く」とまで言ってくれたのである!
(もしかしたら……俺、アリシアさんはちゃんと話を聞いてくれるって、無意識に考えてたのかもな……)
 穏は腕枕を解くと、その右手を自らの鼻先にかざした。
 桟路でのことを思い返せば、

 その手の甲に――

 その手の平に――

 その指の間に――

 優しく握り締めてくれたアリシアの温もりが再び湧きたってくる。
 いわば幽霊なるものの姿が見えるなど、その当事者である彼でさえ、その光景が現実ではないのではと考える瞬間があるほど異様なことだった。しかし、どんなに考えてみたところで、黒い右目には映らない、青い左目に映る『人』の姿が消え失せることはない……。そして、普通なら誰も信じないような、そのような状況に向き合っている限り、他人には非科学的で馬鹿げている気味の悪い話であっても、彼にとっては今まさにそこにある事実であり、変えようのないただひとつの現実なのであった。
 そんな彼に向き合った、慈愛をたたえた二つの青い瞳――
(アリシアさんは、普通ならまともに取り合ってくれないような俺の話を「真剣に聞く」と言ってくれたのに……)
 大きな、大きな、ため息……。
 真に向き合おうとしてくれた人に、当の自分自身が真に向き合わなかった……。

 このオレンジの闇に溶けゆくため息の、それがすべての元凶だった。

 向き合おうとしてくれた人に向き合わず、自分が気を遣うべき人に気を遣わせた。事件解決以前に少しでも陰気を吹き飛ばそうと明るくしてくれるトレニアに知らず知らずのうちに任せきりになり、依頼主との空気を悪くした自分の尻拭いまでさせてしまった……。
 穏は、ため息の塗り重なった天井から目を逸らすように、ぎゅっと目を閉じる。そして、心の中のよどみを一気に吐き出さんと、大きく、大きく、鼻から空気を吸い込んで……!


「ねぇ、穏さん……」


 ギョッとした穏は、思わず布団をはねのけ飛び起きたのだった。





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