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――青い瞳のレクイエム――
プロローグ
『星降る夜の訪問者』

ARIAの二次創作小説(続き物)です。
こちらの作品には元作品にいないキャラクターが登場します。
その点、どうぞご留意くださいませ。

―*――――*――――*――――*――――*―

 時刻は、午前二時を回ろうとしていた――

 

 午前二時といえば、草木も眠る丑三つ時。一日のうちで静けさが最も深まる時間帯……。ほとんどの人はベッドで横になり、一日の疲れを癒して明日への英気を養う、それは安らかな休息の時間である。
 そしてそれは、この小さな屋根裏部屋においても、日々繰り返され続ける、いつものありふれた光景だった。

 少女は眠っている。
 あどけない寝顔を星明かりに包まれて……。

 か細い寝息の響くその部屋は、とても質素な造りをしていた。
 階下からの階段は部屋の床を突き抜けるようにして直接つながれており、お世辞にも広いとはいえないフロア部分に普通サイズのベッドがどんと置かれている。もともと広くなかったフロアはそのベッドに切り取られてさらに狭くなり、残った床のフリースペースはむしろ通路といった方がよさそうなくらいに、ほんの少ししか覗いていなかった。
 そんな『寝るための部屋』という言葉がしっくりきそうな少女の部屋なのだが、質素ながら簡単にはそうさせない大きな特徴がある。
 それは、窓。
 天井を兼ねた屋根は逆Vの字型で、斜めに傾いたその天井には、換気と採光を兼ねたまるい窓が大小ひとつずつ。少女の寝顔を照らすしっとりとした星明かりは、ドームのように外へ張り出したその窓から射し込んでいるのであり、その様相はまさに『スポットライトを浴びたオペラの舞台』と称賛できるほど、ほかではなかなか見ることのできない美しい光景を作り出しているのである。この風情を目の当たりにしてもなお、少女のこの部屋を『寝るための部屋』という一言で片付けてしまえるならば、その人物には――もしかしたら人生の様々なところで損をしているかもしれない――と、この部屋の良さを知る者が反論するに違いない。
 ……しかし、なんとも情緒深い少女の部屋も、丑三つ時の多分にもれず、とても静かなことに変わりはなかった。
 時折、夜鳥の声が響いてくる以外は、少女自身の寝息しか聞こえてこない。ベッド脇の小物棚に置かれた時計も針のないデジタル式だから、バックライトがうっすら光っているだけ……。ほかの音を探して耳を澄ませれば、階下のアナログ式柱時計の音すら聞こえてこんばかりに、今のこの部屋は、まさに寝るにふさわしい静寂をたたえているのであった。

 青白いバックライトで文字盤に黒い数字を浮かび上がらせていた小物棚のデジタル時計が、【2:01】を表示した時だった。
 それまで「スゥスゥ」と熟睡のリズムをとっていた少女が、大きく、寝返りをうったのである。
 壁に向かい合うように横にしていた身体を、衣擦れの音をさせながら、仰向けに――。その拍子に、彼女の可愛らしさを引き立てていたネコミミ付きのナイトキャップがするりとずれ、枕もとに転がり落ちた。
「……ぅん……」
 せっかくの夢が覚めてしまったらしい。少女は小さく鼻を鳴らして、その重たそうなまぶたを持ち上げた。
 しかし、今日の星明かりはいつにも増して勢いがある。半ば上げたまぶたも、顔をまぶしそうにしかめて、すぐに覗かせたばかりのその瞳を隠すことになった。
「……んん……ぅぅぅん……」
 少女は、もう一度、今度は星明かりの反対側、より暗い階段の方へと向きを変えた。そしてきっと、いつもならこのまま、また夢の世界へともぐり込んだことだろう。
 ……しかし、今日という日はいつもと何かが違ったのである。

 コツン……

「……ぅ……?」
 少女は、そう小さく唸って、再び、ゆっくりとまぶたを押し上げる。
 そして、覚めきらぬ眠気に朦朧としながらも、鼻先で視界をさえぎっている何かを確かめようと、じっと、目を凝らした。
「……ぼう……し……?」
 少女の鼻先には、さきほど脱げ落ちたナイトキャップが転がっていた。そのナイトキャップの端が、寝返りをうった彼女の鼻にあたっていたのだった。
 少女は、三回ほどまばたきをする。そうして、まだ夢うつつといった感じだが、ゆっくりと身体を起こした。
 ……と、そんな彼女に触発されたように、今度は彼女の足先辺りがモソリと動いた。
「…………ぁ」
 少女には、その盛り上がったシーツの意味が分かっているらしい。眠た目をこすりながらも、怖がる様子は全くない。
 そして、彼女は申し訳なさそうに「えへへ」と笑みを浮かべると、
「……ごめんなさい、アリア社長。起こしちゃいましたねぇ……」
 もそもそとシーツから這い出てくる、ずんぐりむっくりとした白い猫に両手を伸ばし、機嫌を損ねているかもしれないその猫をなだめるように、白い毛で包まれたその頭を撫で始めた。
 ところが、である……。
「……あれれ?」
 いつもなら、少女が優しく撫でてやれば応えるように甘えかえしてくるその猫が、この今は少しばかり様子がおかしい。気になった少女が目を落としてみれば、どうしたことか、猫は少女の方とは全く違う明後日の方向に顔を向けているのである。
「どうしたんですかぁ、アリア社長……?」
 そう問いかける少女だったが、気まぐれといわれる猫のすることだからか、それ以上気にする様子もなく、おもむろに、腰から下を覆っていた毛布へと片手を伸ばした。
「うぅぅ……今日は妙に冷えますねぇ……」
 毛布に包めた身体をブルブルっと震わせる。そして、暖をさらに求めんばかりにふくよかな白猫をぎゅっと抱きしめると、
「ふふっ、あったかいです」
 そう言って、また、その猫の頭を撫でようとした……のだが……。
(……?)
 彼女の視線の先では、抱いた白猫が彼女の方を見返っては、また、部屋の隅へと顔を戻すではないか!
 さすがに、そんな仕種を見せ続ける膝の上の猫に訝しさを感じたのだろう。少女は小首をかしげながら、しかし、愛用のナイトキャップが脱げてしまっていたことを思い出して、右に左に近場をキョロキョロと見回すと、ついさっき鼻で小突いたばかりの枕もとの帽子にやっと気がついて、ひとり恥ずかしそうな笑みを浮かべつつ、毛布からその手を差し伸ばした。

 その瞬間だった――

「……だぁれ?」
 何かの気配でも感じたのか、少女の視線は、デジタル時計のバックライトがつくり出す青白い小空間を抜け、胸もとの猫がずっと見つめ続けている場所――薄暗い部屋の隅――に釘付けになっていた。
「……あ、アリシアさん?」
 視線の先は、この屋根裏部屋への階段を上がりきった場所である。だから、少女はこの建物を一緒に使っている知人の名前が真っ先に浮かんだに違いない。
 ……が、
 呼びなれた名前で問いかけたところで、返事もなければ、常夜灯のオレンジに淡く照らされるだけの薄暗いその場所には、誰の姿も見当たらない……。にもかかわらず、腕の中の白い猫は、この今もまた「ほら!」そう言わんばかりに、少女の顔を見つめては、また、すっと向き直るのである。
 きょとんとしていた少女の顔に、だんだんと焦りの色が加わっていく。薄闇に向けて「だぁれ?」などと問いかけた行動の異常性にも、やっと思考が追いついてきたのだ。
「……誰? そこに誰かいるの!?」
 少女が、必死に押し出した声でそう問いかけた刹那、夜空の覗くまるい窓から何かしらの強い光がカッと射し込んだ。
 そして、ほんの一瞬だけ、少女の視線の先をパッと照らし出して――

 

 不意の光のその先に、少女はいったい何を見たのだろうか……。
 あるいは、何も見てなどいないのだろうか……。

 いずれにしても、まるで逃げるように頭から毛布をかぶった少女が、床に飛んだナイトキャップを拾おうともせず、何事かと心配したアリシアという名の知人に揺り起こされる翌朝まで決して顔を出そうとしなかった事は、この屋根裏部屋で起きた紛れもない事実なのである。

最終更新日: '11/05/20
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