――青い瞳のレクイエム――
第1章・第1節
『喪服なスーツの迷い人(2)』
ARIAの二次創作小説(続き物)です。 こちらの作品には元作品にいないキャラクターが登場します。 その点、どうぞご留意くださいませ。 |
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この、ご機嫌ななめな少女に深々と噛みつかれている青年であるが、彼の名前は水谷原穏(みやはらやすき)という。 葬儀のときに着るような真っ黒なスーツと真っ黒なネクタイに、それらとは対照的な真っ白なシャツという、なんともモノトーンなコントラストが映える服装の彼は、とある小さな教会で祓魔の相談を受ける若きエクソシスト(祓魔師)だ。 エクソシストなどといえば、なんとも超常的な仕事ぶりが浮かんでくるところであるが、この彼に関していえば、少なくとも――ベッドの上に張り付けられものすごい形相で暴れ狂う人間から悪霊を追い祓う――といった、そのまま映画にでもしてしまえそうな壮大な大仕事をやっているわけではない。彼がいろいろな人からいろいろな悩み事の相談を受けることは確かなのだが、その相談事の多くは、世間一般で“幽霊”と称されるようなモノとはまず無縁な内容であり、実際に飛び込んできた依頼のひとつを挙げて例えれば、「怖いから」とか「不安だから」と言えばすぐに飛んで来てくれる彼をまるで孫のように可愛がるおばあちゃん宅でおいしい夕飯をご一緒しながら世間話の相手をしたり……と、彼の実際の活動内容といえば、エクソシストという肩書きなどなくてもいいような相談事が大半を占めているのである。 もちろん、彼はエクソシストとして教会に名を置いているわけだから、その肩書きに相応しいような「夜中にどこからか薄気味悪い物音が……!」といった、普通の人間ならあまり聴きたくないような話も寄せられはする。しかし、そういった出来事が悪霊の仕業であるということなどそうそうあるはずもないわけで、たいていは屋根裏に鳥が巣を作っていたり、入り込んだネズミが走り回っていた音だったり……と、教会からエクソシストなぞを呼ぶよりは保健所にでも電話した方が迅速かつ確実であるようなことが、異常の原因の常なのであった。 ……しかしながら、穏がただの“名ばかり”というわけでないのもまた事実だった。 彼が、エクソシストなどという、普通の生活を送る限り無縁であるはずの特殊な肩書きを得ることになったのにはきちんとした理由があるのだが……それは追々、明かされていくことになるだろう。
そんな非日常的な肩書きを持つこの青年にあって、その風貌はといえば――ただ一点を除いて――いたって普通であった。 見る人によって長いとも短いとも判断が分かれそうな長さの髪は中分けにし、視力が悪いのか、眼鏡をかけている。体型も中肉中背でこれといった特徴に薄く、良くも悪くもマジメそうな青年だ。 しかし、どこにでもいそうなほど平々凡々とした彼なのだが、その左目だけは違っていた。眼鏡の奥に見える彼の左目は、まるでサファイアかアクアマリンか……そんな青い宝石のような輝きを放っているのである。 左目がそういう鮮やかな青色でも、対になるはずの右目は引き込まれんばかりに黒い。両目とも同じ色であれば、瞳が青かろうが、さして気になることでもないだろう。しかし、左右の色が異なるとなれば、話は少しばかり違ってくる。会話をするときは、たいてい目と目を見合うからすぐにその色彩が飛び込んでくるし、そうして気がついてしまえば、虹彩異色の不思議な様相に思わずまじまじと見つめ込んでしまうに違いない。それくらいに、彼の青い左目は黒い右目と相まって、異彩かつ不思議な魅力を振りまいているのであった。
そして、虹彩異色という珍しい特徴を持った青年の顔を仏頂面で見上げる少女であるが、彼女の名前はトレニアという。 トレニアは、穏青年の属する教会に付設された孤児院に住んでおり、そのような事情も手伝って、彼との付き合いはけっして短かいものではなかった。幼い頃から穏の袖口を掴んではここそこと彼のそばを付いてまわっていた彼女なのだが、年を経て、穏がエクソシストとして人々のために活動するようになってからは、袖口こそ握らないものの幼い頃にもまして彼の後ろを付いてまわるようになり、今日も自ら助手を買って出ては、こうして――少々眉間にシワを寄せながらも――彼の後ろをてくてく付いてまわっているのである。 教会のシスター達は、そんな風にして年上の穏に付いてまわるトレニアを見ては「血のつながった兄妹(きょうだい)にも負けないくらい仲が良い」と、血縁者を見る目で温かく見守っている。けれども、それは大人――保護者としての目線であり、孤児院でトレニアと寝食を共にしている子らにしてみれば、本当の兄妹でもないのにしょっちゅう一緒にいる二人は、兄妹というよりもむしろ恋人同士にしてしまいたくて仕方がないらしく、いつまで経っても穏との浮ついた話をしない彼女にヤキモキさせられているのであった。 ……もちろん、周りの子らが勝手にカップル成立を願っているだけであるから、当のトレニアが穏のことをどのような目で見ているのかは……まさに神のみぞ知るところである。
そんな助手の少女の風貌はといえば、着ている服こそ目の前の青年と同じような真っ黒のパンツスーツに真っ白のシャツといったものだったが、さすがに、目の色は彼と違って左右とも同じであった。 端整な顔の中でエメラルド色の輝きを放つ瞳はクリクリと可愛らしく、額には、金貨のようにきらめく髪がサラサラとかかってとても眩しい。それでいて、肌の色は金の髪から連想されるような白色ではなく、日にやいたような小麦色をしているから、活発そうな顔だちやスラリとした肢体と相まって、まさに『健康美あふれる美少女』というにふさわしい様相を振りまいていた。穏の方が、その不思議な両の目で異性に限らず人目を惹くなら、このトレニアは、その健康美で同性の注目すらも惹きつける。その姿が想像に難くないほどに、男もののようなスーツを着込んだ今のこの少女は、男装の麗人というにふさわしいほど格好よくキリリと映えているのである。
そうして、ハタには微笑ましい兄妹喧嘩にしかみえない口論を始めたこの穏青年とトレニア嬢なのであるが……二人のそもそもの目的はといえば、このネオ・ヴェネツィアのとある人物から不可思議現象の相談と解決の依頼を受けたため、今まさにその目的地に向かっている真っ最中……と、そういう訳なのであった。 |
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