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――青い瞳のレクイエム――
第1章・第1節
『喪服なスーツの迷い人(6)』

ARIAの二次創作小説(続き物)です。
こちらの作品には元作品にいないキャラクターが登場します。
その点、どうぞご留意くださいませ。

―*――――*――――*――――*――――*―

 少女の嗚咽(おえつ)が聞こえ始めて――
 その場を静かに離れた穏の姿は、もとの橋のもとの石段へと移っていた。

 通行人の邪魔にならないよう隅っこに小さく腰を下ろした彼は、立てた膝に頬杖をついて、トレニアと白服の少女の背中を静かに見つめていた。
「(……こういうことがあるから、トレニアがいてくれるとホント助かるんだよな)」
 二人の様子を欄干の透き間からうかがいながら、彼はそう呟いた……のだが、“助かる”などと言葉にしながらも、その彼の口調はどこか暗い。残念そうな溜息もあとに続いて、二人を見守っているはずの彼の視線は、どうにも定まっていない様子であった。
 彼自身、やはり自分なりに誰かの役に立ちたいと思ったからこの悪霊祓い(エクソシズム)という活動であったわけで……だから、ものぐさなことを言いながらも、少女がエクソシストである自分に向けられるべき悩みを抱えているのなら、できうる限りの手助けをしてあげたい――と、そう思っていた。しかし、考えていることが思い通りに実現できれば、そうそう苦労などしない。ついいましがたも、涙の少女に「どう声をかけるか」というところで言葉に詰まってしまい……いつの間にやら慰め役を“頼れる助手”へと任せた彼は、本当なら自分がいるべきポジションに難なくピタリと収まってしまった細身の背中を、こうして遠くから見やっている――と、とてもとても自分の思っていた事とはほど遠い状況に陥っていたのである。
 呟きと共にもれ出た溜息は、誰かの力になりたいと思いながらも、手をこまねいて見ているだけしかできていない……そんな彼自身へと向けられていたのだった。

 しばらくの間、遠目にパートナーの奮闘具合を見守っていた穏だったが、まぶたをおもむろに閉じると、腹がふくらむほど大きく息を吸い込んで、そして勢いよくその場に吐き出した。
 彼は、思い切ったようにすっくと立ち上がる。そうして、懐からなにやら取り出した手に視線を落とせば、その視線を浴びた手の平の中で――カチッ――金古美色の古びた懐中時計が澄んだ金属音を立てた。
「(五時か……)」
 時計の針は、約束の時間にちょうど一時間というところを指していて、彼の呟きを肯定するかのように、きょう幾度目かの時計塔の鐘の音も追って響いてきた。
 穏は、もう一度トレニアと少女を見やった。二人はいつの間にかに打ち解けてしまったらしい。しかも、泣いていたはずの少女は、どういうわけか楽しげに笑ってさえいた。
(まったく……女の子同士とはいっても、トレニアには頭がさがるよ)
 トレニアが出会ったばかりの誰かとあっという間に打ち解けてしまう様は、これまでにもなんどとなく目にした光景だった。……しかし、馴れていない相手とのコミュニケーションを苦手に感じている穏には、その様はなんど見ても、まるで魔法でも使っているかのように感じられてしかたがない。だからだろう。彼の口もとは笑っていたのだが、眉はどこか困ったように八の字にゆがんでいた。
(俺も少しは年上らしく頑張らないとな……!)
 穏は、自分の頬をこぶしで小突く。
 そして、何が入っているのか確認したくなるくらい重量感のあるトレニアの手荷物と、それに比べて妙に軽く感じる自分のバッグを両手に抱えて、二人のところに揚々と歩み寄っていったのだった。

「どうかな……少しは気が楽になった?」
 二人のそばまで行った穏は、横から少女たちの顔を控えめに覗き込んだ。
 すると、今まで聞こえていた会話の調子どおりの勢いで、トレニアと少女がパッと彼の方に振り返る。その勢いときたら、穏が驚いて一歩身を引くくらいの元気の良さであった。
 白服の少女が、薄ピンクの可愛らしい唇を穏に向かって動かした。
「はひ! トレニアちゃんの話はすごく楽しくて、嫌だったこともすっかり忘れちゃいそうでした!」
 そう言った少女から、さらにコロコロとした笑いが続いた。穏を見上げるその可愛らしい顔は、彼女の言葉どおりに楽しさいっぱいといった感じでほころんでいて、
「……そっか。なら、よかった」
 普段の穏なら笑顔を“作って”みせるところなのに、そんな彼からも思いがけず自然な笑みが誘い出されていた。
 橋の上で見かけたときの雰囲気からは想像もできないほどの明るさを取り戻した少女の顔色にホッと胸をなで下ろした穏は、今度はチラリとトレニアの顔色をうかがった。すると、すぐさま「露払いはしましたよ」と言わんばかりのウィンクが飛んできた。それを受けた穏は、眉をまた八の字にしつつ、しかし「ありがとう」と言うように彼女の肩をポンと叩いた。
 穏は両手の荷物をその場に下ろし、少女のそばに片膝をついてしゃがみ込む。そうして、小さく咳払いをすると、彼はゆっくりと話し出した。
「……実はね、俺たち、用事があってこの街に来たんだ」
「はい、トレニアちゃんから聞きました」
「そっか、それなら話が早いね。そういう訳だから、まずはそちらの用事を済ませなきゃいけないんだ」
 そこで少女は小首をかしげたのだが、穏はそれに気づく様子もなく話を続ける。
「先方にお願いして順番を変えてもらうこともできなくないけど……それはたぶん難しいから、キミの事はその後になると思う」
「えっ……と……」
 少女は、かしげた小首から訝しそうな苦笑いを穏とトレニアに交互に投げかけた。
 穏は、それを少女が戸惑っていると思ったようで……。
「でも安心して! すぐというわけにはいかないけど、必ず力になるから! だから、連絡が取れるように、キミと名前と連絡先を教えておいてくれないかな?」
 少女は、頬に人差し指を当てて「んー」と考え始めた。が、その考えはすぐにまとまったらしく、表情をもとの笑顔に戻して大きく頷いた。
「はひ! 教会のエクソシスト様が穏さんなら私も嬉しいですし、アリシアさんとお話ししながら穏さんたちの用事が終わるのを楽しみに待ってます♪」
 ……と、少女のその言葉に今度は穏の目がまるくなった!
「……え? いま……なんて?」
「はひ? えっと……エクソシスト様が穏さんなら嬉しい……かな?」
「それは嬉しい。それは嬉しいけど、そこじゃなくて……というかトレニアなんでエクソシストのこと話しちゃってるの?」
 少女が、トレニアや自分がわざわざ伏せたはずの“エクソシスト”の名前を知っていたことも穏は気にかかったのだが……今の彼には、もっと聞き逃せない単語が少女の台詞の中に含まれていた。その単語は、今朝、これから向かおうとしている依頼先へと電話をかけたときに、依頼主の名前として聞いた単語であり、これまでの穏の脳内では、この白服の少女とはまったく結びついていなかった単語だった。
 そして、穏が少女にあらためて問い直そうとしたところで、彼の視界の端に、顔を隠すように口を押さえた、今にも噴き出しそうな笑いを必死にこらえるトレニアの姿が飛び込んできたのである!
 穏の脳裏で、状況を把握せんと様々な考えが竜巻のごとく渦を巻いた。そして、とうとう点はつながり、明確な一本の線となった……!
「……おい、トレニア! お前、ぜんぶ気づいてただろ!?」
「あはは! だから最初に言ったじゃないですか、穏さんはもうそういう境遇の人だって。それに『見た』っていう当事者の歳は私と同じくらいで、しかも女だってことも聞いてましたし。これだけ聞かされていれば普通ピンときますよ、誰だって!」
 ピンときていなかったいざ一名は「うっ……」と息を詰まらせる。そうしてしかめた顔で天を仰ぐと、詰まらせた息をそのまま大きなため息に変えて吐き出した。
 こうなってくると、話に取り残されるのは少女の方だ。急に揉め始めた穏とトレニアに訳が分からず、少女はアワアワするしかない。
 そんな少女の肩に、トレニアが楽しそうに笑いながらひょいと腕を回した。
「ねえ、そこの誰かさんにあらためて教えてあげてよ。アナタの名前と会社の名前!」
 そう言って、トレニアは穏に得意げな笑みを向けてみせる。
 少女は、トレニアの提案におずおずと頷きながら、どうにも悔しそうなシワを眉間に寄せた穏の方へと向き直った。

「私は水無灯里です。ARIAカンパニーという会社で先輩のアリシアさんに教わりながらウンディーネの修行をしています」

 それをしっかりと聞かされた穏は、もうひとつ大きなため息を暗くなりかけた空に躍らせていた。

最終更新日: '11/06/03
第1章・第1節『喪服なスーツの迷い人(5)』≪≪
≫≫次回更新をお楽しみに!

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